「ラストシーンから始まる」熊は、いない La Stradaさんの映画レビュー(感想・評価)
ラストシーンから始まる
映画を観る時には、その作品1本の中身だけで僕は良し悪しを判断します。その監督や脚本家・俳優さんがどういう背景を持っているかなんて関係がありません。「監督の前作はこうだったから」などと言う事も知っちゃいません。「その1本で勝負しろよ」と思っています。
しかし、その数少ない例外がイランのジャファル・パナヒ監督です。監督は、カンヌ・ベネチア・ベルリンと世界の三大映画祭での受賞作を持つほどの実力者でありながら、政権に批判的であるとしてイラン国内での上映が阻まれ、2010年には以降20年間の映画制作を禁止されてしまいました。でも、それにもかかわらず秘かに映画を撮り続け、素材を国外に持ち出して発信を続けています。今、この人の映画を観るにはその背景を知らないでは理解できません。
本作で監督は実名の映画監督役で出演しています。イランから出られない監督は、トルコとの国境近くの村からトルコのロケ現場にリモートで指示を出しながら撮影を続けています。「この映画もこうして撮ったのかな」と思わされるほどのリアリティです。現代ならではの映画制作スタイルですね。
やがて監督の居る村では古い因習が、そしてロケ現場では現代の社会の歪みが彼らを飲み込み混乱をもたらします。「映画を撮りたい」という監督の前に立ちはだかる矛盾はイランの政治体制だけによる訳ではなく、一人一人の中に根付く伝統・文化から繋がっていると見据えているのではないでしょうか。では、その中で生きる人は未来に向けてどうすればよいのでしょうか。
ラストシーンから続くと思われる監督の行動がそれを語っています。その後を想像させながらもザクッと切り裂く様なエンディングに胸が熱くなりました。
2023/11/25 鑑賞