「指切りは、鬱屈から抜け出るための代償だったのか?」イニシェリン島の精霊 Uさんさんの映画レビュー(感想・評価)
指切りは、鬱屈から抜け出るための代償だったのか?
深緑色や灰青色の物憂げなパステルカラーに満ちた島が語りかけてくる、人生の退化と諦め。生きていくには、それしかないのだ。嫌なら、自力で変えようとすればいいし、出て行けばいい。でも、そのために何を捨てられるのか、何を犠牲に出来るのか?
それまでの経緯も、二人の男の過去も描かれず、いきなり始まるコントじみた諍いと、コントのような惨劇。絶対、許すまじ! と言う強い怒りを表明する時、アイルランドでは、指を切り落とすのか? 映画を観た後に、調べてしまいました。
◉妹の決心
パードリックの妹シボーンの行動が、この作品の中で唯一の正解に思えました。兄を置いて島を出るしかない。キャッチの「すべてがうまく行っていた、昨日までは。」も事実ではないと思います。かつてもこれからも、この島でうまくいくことなどないはず。
私の洞察の浅さから、正解でないものが正解に見えているだけかも知れないです。やはりこの作品は惹かれるものはありますが、難解。
海と丘と、砂地と草地でできた、染み入るような美しい島の景観。道の分岐点で、通る人々を見下ろしていた聖母像。この島では、人生なんかどちらへ行こうと大した違いはない。何も考えずに生きて、酒を浴びながら死んでいくしかないのだ。
◉コルムの覚醒
「退屈な存在」であるパードリックを絶縁して、これからの人生は音楽に捧げるのだと宣言するコルム。島が与えた残り時間のあまりの少なさに怯えて、彼は叫ぶ。俺は何かを残したいんだ。
演奏家が自分の指を失くして、一体どうするのだろう。そこまでパードリックへの憎悪に身を委ねていいのか。遂にバイオリンを弾けなくなったコルムが、学生たちの演奏に聴き入る姿は凄絶だったが、疑問は膨らみ続けました。ただ、コルムはそれでも先の人生も見ていたように感じました。
すると指切りが示したものは、人生を変えて意味あるものにするには、時に理屈では考えられないほどの犠牲・代償が必要だと言うことの暗喩だったのでしょうか。
それぐらい、島の閉鎖世界の呪縛は強烈なものなんだと言われれば、理解できそうです。
ドミニクも思い詰めた姿でシボーンに告白、アッサリ振られると死んでしまった(自死だと思えました)。「命懸け」の恋の結果として、命を放棄した。
◉パードリックの不幸せ
「お前と居ても何の益もない」と決めつけられ、それを覆せないパードリックの悲哀。情けなさは、やがて激しい怒りに形を変える。
物言わぬロバやボーダーコリーが、パードリックの心の内を覗き込むようにして慰めてくれていた。いいや、もしかすると親友に馬糞の話しかしない飲ん兵衛オヤジに呆れていたのかも知れない。お前の話し相手は俺たちだ。
ただ、そもそもパードリックに特別な落ち度があったのかと言う問いに対する、スッキリした答えも思いつかなかったのです。
コルムの人生にとって、パードリックの存在自体が忌み嫌うべきものだったとすれば、あの泣き顔に共感したくなります。優しさでは、誰も覚えていてくれない……とまで言い放たれるし。辛いです。
沖の向こうの本島では、アイルランド内戦が勃発していた。それは悲惨な事実。一方でイニシェリン島では古い友人たちの不思議な戦闘が繰り広げられていた……。
後にこれが「コルムとパードリックの闘い」と呼ばれることになるのか?
それにしても絶交の後も、コルムがパードリックに見せた優しさが、何となく気味悪く、しかし非常に温かくて癒されました。結局は大事な大事な友人だった?
こんにちは
お邪魔します。
とても難しくて強烈な映画でしたね。
Uさんの思考を追うレビュー。
そうですよね。親友だと思っていた友に、に退屈だ、時間の無駄だ、
優しさなんか後世に残らない・・・と、全否定どころか、
切った指を投げつけられる。
ラスト。
コルムはなんとも闘い済んだ仲良くしよう・・・的なすっきりした顔。
パードリックは怒りに戦争に覚醒して、ここからが戦いだ・・・
と、引き締まった表情。
かくして戦争のきっかけはこんなことで始まり続くのかも知れませんね。
イイねコメントありがとうございました😊。コレは不思議ちゃんですねぇ。指の一本程度ならともかく、全部となると、そもそも出血🩸多量で死にますし、心理学的にはそれほどのレベルの自傷行為は究明できないかと・・・自殺は別です。ただ、コレを不思議がるのは監督の術中にハマってますね。私もハマりました。日本で言えば大正時代ですから電化製品とか農耕機械とか便利なものは皆無で、実際は普通に生活するだけでも、物凄い忙しかった【洗濯とか料理とか】と思われるので・・決して退屈を感じる暇は無いですよねぇ。監督はじめ制作陣の生み出したファンタジー寓話かと思いました。実はご指摘の妹シボーン、と並んで 頭の足りないドミニクが極めて真っ当な行動原理で動いてること今、貴殿のレビュー拝見して感じました。😊ありがとうございました😊
Uさん様コメントありがとうございます。
私の妄想レビューに賛同頂き、多謝でございます。
この映画は多様な解釈が可能なのが魅力的ですね。
反芻して咀嚼して考えて。
他の方の意見も否定しませんよ。
一言で切り捨てるにはもったいない。
もしかしてコルムは、長年、自分が友人関係でいてあげたことで、パードリックが自分で自分の退屈さに気がつく機会を逸失させてしまった。そんな反省や悔恨のような気持ちまであったのか?
そんなことを想像してみても、痛過ぎです。ヤクザの指詰めだって大概、怖い人たちに囲まれて、逃げ道がなく、殺されるよりはマシ、という状況なのに、コルムは誰もみてる者のいない家でひとりでやるのですから、並大抵のことではありません。やはり難解です。
パードリックには、終始自己愛の強さと視野の狭さがありましたね。限られたコミュニティにおいて、もし、コルムが長年それを感じながらも赦してきたとしたら、コルムも今まで通りにうまくやり過ごせなくなる程の自分の状況がきていたのかと。パードリックにも「見放さない人間性」と視野の広さ、自分を客観視できる力があれば、悲劇はなく、逆に大好きなコルムの晩年をそっと見守ってやれる友人になれたのかもしれないなと思うのです。