「コリン・ファレルは眉毛で語る」イニシェリン島の精霊 ニコさんの映画レビュー(感想・評価)
コリン・ファレルは眉毛で語る
アラン諸島は、地の果てという言葉がぴったりくる場所だ。石灰質の岩盤で土がほとんどない。貴重な土が強風に飛ばされないよう、あのような低い石垣を延々と築いている。そこで生きていくことの大変さや、ろくな娯楽もない集落の閉塞感が容易に想像できる。
いろいろヤバい警官、退屈を持て余して人の手紙まで開封する雑貨屋店主、「地獄に堕ちろ」と叫んでしまう神父……濃すぎる住人たちが田舎の集落の息苦しさを倍加させる。
そんな場所で、生きた証を何も残さず死んでゆくことに、壮年のコルムはにわかに危機感を覚えたのかもしれない。
ここまでは、共感の余地があるドラマだ。
ところが、彼がパードリックの家に指を投げつけた瞬間から、俄然サイコホラー味が増してくる。約束を破られたからといって自分の指を切っても、困るのはフィドル奏者のコルム自身だ。不条理な行動の恐怖。
また、本土での内戦を遠景に架空の島イニシェリン島で起こる二人の男の諍いは、争いがこじれる理由を示す寓話のようにも見える。
最初は単なる意見の違いでも、伝え方を間違えたり意固地になったり、手違いで相手の大事なものを傷つけたりすると、それは果てなき怨恨へと変わってゆく。感情がそのように変質すると、決着のため始めたはずの争いが復讐に変わる。
万華鏡のようにさまざまな角度の見どころを持った作品だ。
アイルランドの風景の荒涼とした美しさが目に心地よく、ユーモアと皮肉の込められた台詞が楽しい。田舎の人間関係は息苦しいが万国共通のものを感じて退屈しない。物語がだんだん重くなる中、かわいい動物たちが癒しをもたらしてこちらの心を支えてくれる。
そして、何と言ってもコリン・ファレルとブレンダン・グリーソンの表情が素晴らしい。コルムの静かな狂気とパードリックが見舞われる不安、孤独。コリンの眉毛の表現力よ。二人の仲がこじれるほどに、ただのいい奴だったパードリックが歪んでゆく。その流れの自然さ、リアリティがすごかった。
ちなみに、とても愛らしく物語のキーパーソンならぬキーアニマルにもなったロバのジェニーは、動物プロダクションの社員かと思いきや、輸送などの都合で現地調達したキャストだそうだ。なかなかの演技達者だったのでびっくり。
返信お気遣いありがとうございました。おっしゃるとおり不条理で、だけど美しい自然、かわゆいロバさん映画でした。ツウ向けですね。私はドシロウトですけれども。ありがとうございました。
こんばんは。本作はロバもそうですが、牛さん、馬さんが窓越しにパードリックを見つめてるシーンがとても良かったです。最後には妹に去られた彼はみんな家に入れちゃいますけどね。
おっしゃるとおり、この作品を善意的に捉えるならば貴殿のレビュー、正論かと思いました。そもそも、レジエンド織田信長で無く、スラムバスケット🏀でも無くこの作品見ていらっしゃる観客の方々、皆さん、深いツワモノばかりで、貴殿のレビューの洞察力に共感できる映画ファンが多いかなと・・
ニコさんのレビューに心から共感~!映画見ながら結構笑えて変だけど幸せにもなってしまいました。すごーく遠くから人間世界を見るとこんな感じだろうなあと思って。