劇場公開日 2023年5月12日

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「芸術と生活の葛藤・現代版」TAR ター 文字読みさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0芸術と生活の葛藤・現代版

2023年5月13日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

2022年。トッド・フィールド監督。ピアノを弾き、古典音楽の歴史にも音楽理論にも民族音楽にも通暁して、指揮者としてトップに上り詰めた女性が転落していく様をリアルに、かつ、現代社会批判として描く。
昔から天才芸術家は生活面では壊れていることが多く、そのことを表現する文学作品も映画作品も多い。この映画もその「天才ジャンル」の正統的な流れに沿っている。破綻の原因が恋であることもパターンといえばそれまでだ。異なるところは、女性主人公がレズビアンを公表しており、相手が女性たちであることと、悪意あるSNSによって集団内の出来事がすぐに一般的な倫理規範にさらされて反論の余地がないということだろう。SNSは特殊事例を許さず、あらゆる出来事を標準化・一般化の圧力にさらす。民主主義の原則をどこまでも完遂しようとする。しかし、天才は民主主義にはなじまない。才能は平等ではないから。
天才の描き方も新鮮だった。この映画では、主人公は自らの天才ぶりに自覚的であり、その意味では生活者の資質を持っている。したがって、天才であること=普通の生活者ではないことに恐れを抱いている(天才の自意識)。それを表現するために、ちょっとした生活音におびえる様子が細かく挿入されているし、自信を裏切る若い女性演奏家の姿を見ても我を忘れて怒るのではなく、あきらめとともに受け入れている。没落後の生活も音楽に奉仕するかのごとく淡々と描かれている。
天才であることが特別視されない現代社会をよくわかっている天才の悲劇、というところだろうか。

文字読み