劇場公開日 2023年7月14日

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「時代の空気の痛さ。」サントメール ある被告 comeyさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5時代の空気の痛さ。

2023年7月23日
PCから投稿

生後まもないわが子を手にかけた、セネガル移民の若い娘。裁判でフランス社会の峻烈な抑圧が明らかになるが、娘の絶望感が多くの女性に共通することも浮かびあがる。痛いくらい今の時代の空気感をとらえた名篇。

映画は世の空気感を「空気」であることを崩さないまま定着することに優れたメディアで、そのことをよく示す作品。多くを語らないまま被告人席に立つ若い黒人の娘、法廷に差し込む光、舗道から見る空、のショットがフランス社会の過酷な抑圧と連帯する女性の希望をどれほど鮮明に映しているか。

去年ニューヨークとパリで見たときは、現地の、とくに若い観客からは映画の世界にもたらされた「新しいまなざし」に興奮する声が多くきかれた。終盤の展開は賛否分かれるが、全体として『アフターサン』と並んで今の時代が生んだ名篇であることは誰も疑っていなかった。

一方で、リニューアルしたという今月の『キネマ旬報』には、「菅付雅信」なる執筆者が「ポリティカル・コレクトネスの代表」と切り捨てる短評を寄せていて、ほとほと呆れ返った。正確にいえば、自らの教養の浅さ・思考の甘さ・覆いがたいガラパゴスぶりを、なぜわざわざ声高に喧伝しているのか訝しんだ。

芸術批評を名乗る書き手が「ポリティカル・コレクトネス」とかの言葉を使うこと自体、英語圏の映画批評の感覚からすると20年は遅れている。そんなのを「レビュー」と称して流通させているかぎり、日本の映画批評は永遠に今のままで終わる。

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milou