「家に帰れない兵士たち。かつて国のために戦った兵士は金のために戦う傭兵となった。大義なきイラク戦争を皮肉ったサスペンスアクションの佳作」ザ・コントラクター レントさんの映画レビュー(感想・評価)
家に帰れない兵士たち。かつて国のために戦った兵士は金のために戦う傭兵となった。大義なきイラク戦争を皮肉ったサスペンスアクションの佳作
主人公ジェームスが通う教会では出征兵士の壮行会が行われていた。彼らは国の守護者であり、正義が実現されることを願う、そういって戦場へ送られる若者たち。だが先のイラク戦争はその大義に大きな疑惑があるものだった。本当にそこには正義はあったのだろうか。一握りの為政者たちが私欲のために起こした戦争ではなかったか。
イラク戦争の大義は大量破壊兵器の存在でありそれを破壊することだった。しかし大量破壊兵器はなかった。それは事前にわかっていたことであった。初めから仕組まれた戦争、当時のアメリカ大統領ブッシュは父の代から石油関連企業から支援を受けており、イラクへの侵攻は石油利権のためだったといわれている。
この戦争をきっかけにした死者数はアメリカ兵3万6千人、イラク側は兵士、民間人を含めて100万人ともいわれている。
このイラク戦争の疑惑は「記者たち」、「バイス」でも描かれてきた。そしてイラクに大量破壊兵器が存在しないことをアメリカ政府が事前に知っていたことについては「フェアゲーム」ですでに描かれている。
米兵の死者以外にもPTSDを負った兵士が大勢いる。「アメリカンスナイパー」のクリス・カイルはそんな一人だった。彼は立ち直ることができた矢先やはり同じPTSDを患う帰還兵に殺されてしまう。
彼らがささげた愛国心、なぜ米兵が同じ米兵に殺されなければならなかったのか。すべては初めから間違った戦争を始めたことに原因があったのではなかったか。
特殊部隊所属のジェームスは理不尽にも強制除隊を命ぜられ、生活のためにやむなく民間軍事会社の仕事を請け負う。愛国心故に戦ってきた彼には苦渋の選択だったが、任務が国防に関することだと聞いて自分を納得させることができた。
任務はアルカイダとつながりのあるウイルス研究者を暗殺し、生物兵器のデーターを奪うことだった。テロリストに協力する研究者だと信じて彼は暗殺を実行する。しかし、すべては画期的なワクチンデータを奪い金にしようとするするための陰謀だったと知り愕然とする。
為政者たちの私欲のためのイラク戦争従軍、それと同じく私欲のために利用されたジェームス。研究者が家族にあてたメッセージを見て彼は涙する。またしても自分は裏切られた、国のため正義のためと信じて戦った自分の心は再び踏みにじられたのだ。
彼の父も根っからの愛国者であり軍人だった。国のために戦い続けてきた父、しかし除隊になったとたん生きがいを奪われて抜け殻になってしまった父は家族を顧みることもなくこの世を去った。
ジェームスは父と同じように軍人を目指した、しかし自分は父のようにはならない。なんとしても家族のもとへ帰る、そのために彼は黒幕たちと対決するのであった。
一見よくある元特殊部隊の主人公が陰謀に巻き込まれて追い詰められるパターンの作品だが、本作は明らかにあの大義なきイラク戦争を皮肉った作品。
全体的に抑えたトーンでの語り口、そして張り詰めた緊張感、演出が実に見事だ。知らない監督だったがすでにカンヌで脚本賞を取るくらいのレベル。道理で見ごたえがあった。
主演のクリス・パインの抑えた演技も良かった。まったくノーマークの作品だったがかなりの拾い物。ジョンウィック制作陣と聞いておバカアクション映画かと思いきや、かなり渋い作品だった。この監督の次の作品が楽しみだ。
黒幕を倒したジェームスだったが、新たなる追っ手を警戒して家族の元には帰れない。遠くで妻子を見守る彼の姿で本作は幕を閉じる。PTSDを患ったアメリカンスナイパーのクリスが家族の元に戻りながらも心は戦場に置き去りのままだったことを思い起こさせるようなラストだ。国のためと信じて戦い結局は国に利用されただけの兵士たち。そんな心に傷を負った兵士は家族の元にはもう戻れないのか。