「捧げるもの。」エゴイスト BDさんの映画レビュー(感想・評価)
捧げるもの。
※ここで語っていることはあくまで自分の体験をベースとした個別のお話です。決して一般化して語っているわけではありません。
映画を見て、ふとかつてゲイの友人と話した時にポロッとこぼしていた話が記憶に蘇りました。
「俺は結婚もできないし、子供もできるわけじゃない。だから何か残せるものがないかと思って、20代で家を買ったんだ」
私はゲイというわけではないのですが、自分の、40代で独身の暮らし向きをふと振り返る際に、この言葉は時折、奇妙な共感性を持って思い出されます。
「捧げるものがない」とでも言うのでしょうか。別に何か後ろめたいことをしているわけではありません。仕事はしっかりやってますし、生活がままならないと言う稼ぎでもありません。仲のいい飲み友達もいる。趣味もあり、楽しいことはたくさんあります。
しかし、周囲の、たとえば家族を持っている方との会話の内容差は歴然としています。子供かわいくて羨ましいな、と言う話だけではありません。家族にかかるお金の問題、保活や受験教育のリアルな大変さ、行政の支援に対する知識や意見の解像度。みんなそれぞれ、生活の当事者意識を持って暮らしています。
私はこの間、大学にかかる学費はこれくらい、という金額のデータを見て「えっ、これ出すの親(=私)なの?マジで?奢るの?その上、生活費も出すの?ハァ?」くらいの気持ちを(大袈裟に言ってはいますが…)思ってしまいました。当たり前のように子供の頃親にお金せびってたなぁとも思い自省のきっかけにもなりましたが…笑
みんな、当たり前に他者に自分の一部を「捧げて」生きているんだなぁと思います。自分にはそれがなく、自分のための事しかしていない、という穴の空いたような感情は、私にとってはそれなりに強い共感として感じられます。(繰り返しますが、あくまで私にとっての話です。世の中一般の話ではありません)
この映画で描かれていた浩輔の孤独がそれに該当するかは分かりません。ただ、浩輔の一連の行動は外発的ではなく、浩輔自身に強く去来する内発的な動機により行われていた事は一定の明白性があると思います。そしてそれは、自分のわがままで、とは言いながらも、実行の過程においてはとても細やかな気遣いを伴っており、言葉にも繊細さがあった。だからこそ、お母さんは、赤の他人からお金を受け取る、生活の世話をしてもらう、なんてとてもとても、と言う社会常識をしっかり持ち合わせている人であるにも関わらず、最終的には浩輔の「厚意」を受け止めた。結果その行動は、少なくとも言葉の上では、最後の母の受け入れを表す言葉に表れ、受容はされていたように思えます。
付け焼き刃の知識ですが、フロイト心理学における「エゴ」は、一般的な意味とは少し違い、欲望のままに動こうとする自分と、欲望を抑えようとする自分との調整役を行う意識の中の機能だそうです(くれぐれもザックリした把握なので悪しからず!)。つまり、一般的に言われる「欲望のままに動く人」=「エゴイスト」という定義とは少しズレ、むしろ欲望と自律との間を葛藤しながら調整する、ある種いちばん人間的な機能と言えるかもしれません。もちろん、フロイト的な定義はあくまで数ある定義のうちの一つであり、この映画で言う「エゴイスト」がそうなのかは不明です。しかし、私はこの映画を見てそちらの「エゴ」を思い起こしました。
母の死以来自らの欲望を抑え、世間で求められた「役割」を演じることに特化した、機能的な存在としての浩輔の硬い殻。しかし龍太との出会い以来、否が応でもそれを突き破って出てきてしまった「欲望」。自分を律する気持ちがありながらも、それを抑えられない浩輔が、自分なりに、ほんとうに真摯に、自己の欲望が他者の役にも立つように、なんとかして調整をして「欲望」=「何かに自分の一部を捧げること」の具現化を行った。その過程を指して「エゴ」としているのではないのだろうか?と、私は感じました。こんな事は本当は考えられない事だと思うけれども、分かってくれませんか?このニュアンスと繊細な葛藤をとても細やかに伝えていたと言う点で、この映画はとても芸術的であり、ザラザラした読後感のある映画だったと思います。
役者の力量も本当に見事で、鈴木亮平の憑依感はもう今更言うに及びませんが、宮沢氷魚との恋に落ちていく瞬間のお互いの距離感と間合い。まぁ男性同士が実際にどうなるかは私の性的指向からはそれこそ想像できませんが、ああこんな感じなんですね、と言う気持ちになってしまう異常なリアルと実在感。描写、演じ、あらゆるニュアンスの表現力に本当に感服。いい映画だったな、という感触がずっと残っています。
長々とすみません。考えるきっかけをたくさん頂き感謝しています。「男性はなにか残したい、一方で女性はあまりそういうことは考えないような気がする」と、新鮮な思いでこれから考え続けられそうです。ありがとうございます
「エゴイスト」の中にある「エゴ」をそう理解する、ことが自分にはできませんでした。配偶者のため、子どものため、親のため、にお金を貯めたり使ったりアタマを悩ませたり。それがない浩輔がとてもしたかったことが龍太との出会いでだんだんと形をとってわかってきた、実行した。なんだかとてもわかるレビューでした。女性だってずっと独身の場合も結婚していても子どもがいないこともある。でも「残すものがない」って考えるかなあ。女性は親の面倒、場合によってはきょうだいや祖父母や甥姪、孫の面倒してる人もいる。自分の娘が他の男のもとに走ってしまい、娘の子ども二人(孫)を育てている知り合い女性がいます

