「滅び行く業界、衰退する会社」グッドバイ、バッドマガジンズ 田中寒村さんの映画レビュー(感想・評価)
滅び行く業界、衰退する会社
仕事を切り上げて観に行って良かったぁ。自分の意思とは別にエロ本の編集部で働く、杏花さん演じる主人公がいつの間にか社畜となってしまい、さまざまなトラブルに襲われながらも、逞しくなっていくという映画ですが、予想以上に面白かった。
夢に挫折することは誰にだってあるけど、問題はその後どうやって生きていけばいいのか——。主人公の詩織も望まない職場で働いていくうちに社畜となってしまいますが、同時に肝が据わって、思わぬ絶望のあとでも逞しく生きていく姿が見えます。
コンビニで売られるエロ本は、わずか数年で消滅したわけですが、滅び行く業界、衰退する会社のリアリティがこれでもかと描かれます。そのリアリティに衝撃を受けました。というのも、大学4年の時にわずか数カ月でしたが、エロ本の編集プロダクションでアルバイトで働いていたからです。
映画の職場は、コンビニで売られるエロ本の出版社でしたが、僕が働いていた編プロは、専門書店でしか買えない「18禁」エロ本が中心でした。僕がアルバイトで入った時でも、18禁エロ本は衰退しつつあるといわれていました。
当時は今ほどネットは普及していませんでしたが、それでも18禁エロ本は衰退していると編プロの皆さんが認識していました。アダルトビデオ(AV)の存在です。若い人はAVの方を好んでいて、18禁エロ本をあまり買わなくなっていたからです。
わずか数カ月のアルバイトでしたが、その時の状況と映画で描かれていた状況がそっくりだったので、映画を観ながら「あ〜どこかで実体験したなぁ」と思っていました。
映画で描かれていたことと僕の実体験がそっくりだと思った場面がもう一つあります。映画終盤で男性の老人が小さなコンビニで売られているエロ本を嬉しそうに買っていく場面です。
僕がバイトで働いているときも、読者の方が電話をかけてきて、「このエロ本、いいねぇ。こういうのが読みたかったんだよ」と言ってくれました。アルバイトという立場だったし、仕事として割り振られたことをやるだけだったので、読者という存在に気が付くことがなかったのです。
アルバイトという立場でしたが、自分たちが働いた結果を喜んでくれる読者がいるんだことに初めて気が付きました。映画の終盤で詩織が感じたであろうことと同じことを僕も感じたと思います。えぇ、18禁エロ本ですけど。
でも、僕の個人的な実体験を割り引いても、この映画は良くできた映画だと思います。ブラック企業で社畜にならざるを得なかった詩織が、人生で挫折を味わいながらも、しぶとく逞しく生きていく姿に清々しさを感じられるからです。
全般的に救いのない話(でも、エピソードは笑えます)ですが、この映画の救いは、春日井静奈さん演じる澤井の存在です。澤井の存在が詩織に生きていける自信を与えたと思います。
この映画で意外なオチが、岩井七世さん演じる、向井(ヤマダユウスケさん)の奥さんの存在です。あのストーリーがあることで映画自体がピリッとなりましたし、人間という存在の複雑さを改めて思い出させてくれます。架乃ゆらさん演じるハルの存在も当然大きいですが。
ちなみに、僕がバイトしていた編プロは、18禁エロ本以外の分野にも乗り出して、元気に営業しています。