「あのチーズバーガーが高いのはなぜ」ザ・メニュー styloさんの映画レビュー(感想・評価)
あのチーズバーガーが高いのはなぜ
とにかく一番気になったのはチーズバーガーの価格。
あの肝心なシーンでチーズバーガーが9ドル50セント(セントの方に自信はない)もした時点でこの映画をすごいと思いながらも自分が入り込めない要因がよくわかった。
君の両親でも買える庶民的な味をって言って、ポテト付きのダブルチーズバーガーとはいえ9ドルオーバー? いくら日本と物価が違う、今は物価が高騰してると言っても、物価の高騰を示したかったら「君の両親でも買える庶民的な味」という表現でなく「君の両親が特別な日に買ってくれた」などとして、よりマーゴの貧困に寄り添う表現をすべきだったでしょう。色々考えは汲めなくはないですが、あのシーンは高級料理に対するカウンターとして置いているのだから、むしろ極端に安いくらいの方が、クーポンを使ってなどと言っても良いくらいのシーンだったと思います。映画のテーマに即すなら、このシーンでその値段は違和感しかない、そういった細部の雑さと言いますかブレと言いますかが、とにかく気になりました。というより、シェフをそういう「苦しみのあまり生まれたが、結局考えが雑な二項対立をする無茶苦茶モンスター」として読み取るにはシェフの思想の諸々の雑さは意図的なのかどうかがわかりづらくてモヤモヤする。
そもそもマーゴが片親かどうかも考えずに両親parentsと言うその無神経さもあのシェフのムカつくところです。(追記: そういえばマーゴが最初にシェフに話した作った身の上話のところで、シングルマザーでみたいなこと言ってた気がしましたが、それを思うと今の英語ではparentでない親の言い換えがたくさんあるはずですが、やはりあそこで両親って言葉をチョイスしたのはシェフの考えの至らなさの表現なんでしょうか? 複数形のsはヒアリングに自信がなくなってきたので、シェフは一人でものつもりでparentと言っていて日本語字幕がそこを汲まなかった可能性はなくもないですが)
演出や演技などは素晴らしい、圧巻です。
アイディアも面白い。
しかし大元のテーマに対して、そのシーンは必要あるか? なんなの? 考えが雑じゃない? というところが多々あり、終わった後時間が経てば経つほど演出などが素晴らしい分腹が立ってきました。思わず映画館の椅子でレビューを書き殴るほどに。
後何より、これを作った人たちの「食べること」自体への愛情が感じられなかった。まさにマーゴの言う通り「料理への愛」の問題です(別に料理に愛が必要とも自分は思わないですけど)。食べることが好きな身としてはそれも腹立たしい、シナリオを回す舞台装置としてしか食べることに向き合ってない感じさえする。
マーゴは良いキャラだとは思うんですが、作中で重要な要素ではあるとはいえ、レストランに来て初手からほぼ全く口をつけないのは……なんか普通に他者の食文化の尊重ができてないじゃないかとなって最後の料理についての切り返しがちょっと響かなくなるんですよね。チーズバーガーも高級料理も、(その背景に不均衡はあれど)等しく料理であることに変わりはないので。
特に突っかかったのが件のチーズバーガー周りと、役者とマネージャー?(あのポジションの方の正確な職業名を知らない浅学で申し訳ないですが)周り。
あのボンクラ役者が今回のディナーに呼ばれたのはいくらボンクラとはいえ正直ただ可哀想。志がないだの言われてましたけど、その後の項垂れ方を見ると当人だって色んな悩みがあるのが窺えます。あの一組だけ無茶苦茶な理由で呼ばれていたのは、シェフだって自分の職業でない人間には無茶苦茶な要求をする(悪い客になる)し、このシェフは狂ったモンスターであって、だからこそシェフの言ってること全部が全部「もっともだ!」などと言わないようにね、という製作陣の目配せなのかなと思うんです。
しかしこの後の「大学は? 学費ローン?」のあたりが、これブラックジョークとしては正直かなりクスッときたんですが、しかしテーマに対して考えるといやだからその「貧困な奉仕者vs裕福な被奉仕者」みたいな二項対立が雑なんだよな、となる。マーゴやシェフ本人がその職業を始めた当初の楽しさや志を語るシーンがあるように、奉仕者になろうと思うのは貧困だけが理由ではない(もちろん不均衡な社会も背景にはあれど)わけで。この二項対立が、しかも「貧困な奉仕者はチーズバーガーなどのわかりやすい味を好み(それをよく覚えていて)、裕福な被奉仕者が賢しげに難解な味を好む(が、その内容は覚えていない)」みたいな無茶苦茶雑な二項対立につながってエンドになっていくんで、もうそれは色んな方向に失礼でしょう、と思う。色んなバックボーンの人間が、色んな背景のもとで色んな人生の中で色んな味を好むんです。チーズバーガーだけならともかく、スモアの時に「わかりやすい味を好む貧困層」みたいな雑に処理してるなと確信した。いや、言いたいことはわからなくはないですし、そういう訴え(貧困と文化資本の問題とか)をすること自体には賛意を示せるんですが、しかし雑だし、なにぶんシェフの演技が凄すぎてこの雑な二項対立に観客が呑まれそうになる演出で推し進めてそのまま終わるのがなんだかなあって感じ。
キング牧師のあの言葉を「白人男性」が引用して、みたいなのに不可避的に含まれるグロテスクさは意図的なんでしょう。キング牧師なの? とボンクラ役者が聞いたらそれに応えたのはヴェリク部下の成金黒人男性でしたしね。まぁそこで黒人男性にまず聞くボンクラ役者の、結局人種差別を他人事としてる感もエミー賞が云々のシーンから考えれば多分意図的。でもとにかく、そう言ったシェフの雑さと、それはそれとしてこの映画が訴えたいのであろう貧困や奉仕・接客業に取り巻く問題、それともっというと途中雑に出てきた男性優位を取り巻く問題が全部うまく噛み合ってないんですよ。というか、整理されていない。→しばらく考えましたが、ブラックジョーク全開! という感じの雰囲気ではなく、役者や演出が凄味があるタイプの方向で進んでいくので、これブラックジョークだとしてもどこからどこまでジョークなわけ? と困惑するのもこの整理されてないという印象の一因かもしれません。最初からブラックジョーク映画として観たらかなり印象が変わったかもしれない。でもシェフが訴えてる問題自体は真っ当なのでブラックジョークとして受け取るべきでないところもあるのがモヤモヤ……。
だって世の中の不均衡ってそんなに単純じゃないから難しいんじゃないですか。たくさん考えてたくさん頑張らないといけないんじゃないですか。
あのマネージャーの方だって学費ローンでなかったのせよ、他に問題や人生の苦しみがあったかもしれない、なかったかもしれない、他にも色んな不均衡に立ち止まることもあったかもしれない。そうした「貧しい奉仕者vs裕福な被奉仕者」という構図だけで拾いきれない、社会の不均衡の絡み合った複雑さを、あのシェフが女性部下に迫った(このあたり日本語字幕が不十分でしたね、あと何よりもうその一件だけでも本当にシェフへの気持ちが冷めまくるんだよな)話とかを差し込むだけで、本当に処理できてると思っているのか? そもそも男性優位のあたりに関してや女性関連の描き方は、作中でもトップクラスに雑だなと思います。そもそもボンクラ役者が関係のないマネージャーを連れてくるのも、タイラーがマーゴを連れてきたのも、ああいうタイプのクソ金持ち男が二人で来い(タイラーだけでなくボンクラ役者もおそらく言われたんでしょう)と言われたら、高確率で自身より立場の弱い女性を連れてくることなんて想像に難くないんですが、そうした不均衡やそうした人間を巻き込むことにそもそも考えが至らないシェフの「雑さ」ですよね。いやこれ本当にどこまで意図的なキャラクター造形だと受け取ればいいんですか?
不均衡の複雑さを描くには、描写が足りず、かと言ってシェフの意見一本で、食べることを巡る問題だけで推し進めるには、他の問題を盛り込もうと欲張りすぎている。結果、雑な印象で終わります。
しかし何にせよ一番の問題はその整理のいってなさよりも、やっぱり奉仕者(接客業)を取り巻く問題と、貧困の問題を、いくらそれらが地続きであろうと単純にイコールで結びつけてしまったことだと思います。テーマを考えるなら、最後はお手頃なチーズバーガーではなく、もっと直球に接客業としてのカウンターパンチみたいなものでマーゴが切り抜けて欲しかったなあ。(というか君の生業がわからないとでも? みたいな台詞人間の見た目から人生を過剰に想像してて嫌ですね)→追記: 最後マーゴが自分が小さい頃食べてたチーズバーガーは9ドルなんて高い値段じゃなかったみたいなこと言ったら自分がこの映画に抱えてたモヤモヤの大部分がスッキリするかもな、と思いました。とにかくシェフの思想的な雑さ・浅慮がどこまで意図的なのか最後までわかりづらく進むのが困惑の最大の要因だったので。自分は割と投げっぱなしブラックジョーク映画が好きなんですが、投げっぱなしブラックジョークって本当に難しいんだな〜と改めて思いました。
シーンとしては好きなシーンがたくさんあります。
最後燃えるレストランを観ながらチーズバーガー食べるシーン自体は美しいと思うし、くしゃくしゃの10ドル札はよかった。そのあとに金持ちたちが経費でなんだ言ったり、みんなクレジットカードだったりも秀逸なブラックジョークと思った。
あの夫婦の女性の方が、マーゴに「帰っていいのよ」といったモーションをしていたのも良かった。
面白さでいうと、女性のスーシェフに対して殺さないでと説得しようとしたら「私が最後死ぬって演出考えたんです!!!!」みたいに笑顔で返されたシーンはめちゃくちゃ面白くて声上げて笑いそうになりました。お土産のヴェリクの指ですも面白かった。ヴェリク周りは「奉仕者vs被奉仕者」という軸と合致してて素直に面白いシーンばかりでした。
全体的に演出はほぼずっと良かったです。
シナリオ自体もサスペンスとしてのクオリティを考えるならば、良かったと思います。本当にハラハラした。
タイラーお前知ってたのかよ!というのが最後にわかるところはすごく綺麗な回収だと思いました。あれは奉仕者をなんとも思ってないクソ金持ち雇用者描写としてすごかったですが、同時にやっぱり死ぬのわかってて来るタイラーの執着と崇拝怖いですし、あんな崇拝しといて撮るなと言われていてかつこれから死ぬのが分かっているのにパシャパシャ写真を撮るタイラーのキャラクターは非常に良い。それにしても、計画を破綻させたくなければ一人でも来ていいよというべきだったのでは。でもこれは、あの手のレストランって確かに二人以上でと言いがちで、そういう敷居がシェフを苦しめつつシェフもそこから逃れられてないみたいなことなんでしょうか。
ただタイラーが料理作るのは下手っぴでみたいなのを周りの人がガン見してる、みたいなのは批評家憎しが出てる居心地の悪いジョークに感じます。
出来もしないやつが好き勝手言いやがってという腹立ちはわからなくはないですし、むしろ今作の「奉仕者vs被奉仕者」という構図に最も乗っ取ったシーンではあります。でも、別に好きなものや語れるものを、何だったら偉そうに批評してるものを、自分ができるかどうかは別でいいんじゃないか自分は思います。同時に、自分ができる、からと言って、批評できるかどうかは別なわけで、それぞれ別の能力・楽しみなので……。あのシェフだって自分はおそらく演技できないだろうにボンクラ役者に好き勝手言うわけで、考えば考えるほどボンクラ役者に込められた予防線すごいですね。
全体的に色々良いにもかかかわらず、訴えたいメッセージを巡る雑さがのめり込めなくさせる、そんな映画でした。