「AIに体を張れ」ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART ONE Fractalさんの映画レビュー(感想・評価)
AIに体を張れ
トム・クルーズはいつまでも若い。『トップガン マーヴェリック』(2022)にも驚かされたが,今作においてもまだまだ俳優人生の現役だという姿を見せてくれる。スタントを使わず本人自ら挑んだ崖からのダイブシーンをはじめ,CGを極力使わないアクションシーンは観客の度肝を抜いた。前編・後編と分かれるのは「ミッション:インポッシブル」シリーズにおいては初めてのことであるが,広大なスケールで撮るに値する作品にしたいという制作側の情熱が伝わってくる。164分という尺でありながら,秀逸なプロットとスリリングなアクションシーンが観客を飽きさせない。数秒のショート動画に慣れてしまっている身体にも効く。観客の身体をヒリヒリさせる一級品の娯楽だ。IMAXでなくても映画館で見るべき作品である。スパイ映画らしく,裏切りや心理的ギミックが数多く仕掛けられているが,どれもわかりやすく工夫されていて老若男女,楽しめる。プロットがシンプルなわけではない。むしろ筋書きは入念に練られ,単なる二項対立でない登場人物の網目が張り巡らされている。しかし,ストーリーを見失っても,カーチェイスや逃亡劇などはただ見ているだけでカタルシスがあるのだ。登場人物たちは「鍵」を巡って攻防を繰り広げるが,ほとんどの人物はその「鍵」の使用用途について理解していない。説明不要。これはアルフレッド・ヒッチコックが頻繁に使用した「マクガフィン」である。世界の軍事バランスを崩す兵器へのアクセスデバイスの「鍵」は単なる「記号」でしかない(どれだけ技術が発展しても「記号」は恣意性ゆえにその座を譲らない)。物語の構造は一貫してこれまでの「ミッション:インポッシブル」を踏襲しているのだ。ディープ・フェイクやCG映像を容易に作り出せる時代に,「ミッション:インポッシブル」の制作陣は人間の持つ「身体性」を重要視した。今作の敵はAIであるが,「それ」に抵抗できるのは生身の身体性だという,とても常識的な命題が映像化されているように感じた。AIに未来の行動まで決められそうになってしまっている私たちにできることはトム・クルーズがこの映画で実践したように,「いま・ここ」で「体を張る」ことだけなのだ。