アンデス、ふたりぼっち

劇場公開日:2022年7月30日

アンデス、ふたりぼっち

解説・あらすじ

南米ペルーのアンデス山脈を舞台に、社会から隔絶された高地にふたりきりで暮らす老夫婦の姿を描いた人間ドラマ。アンデス山脈の標高5000メートルを越える地で、都会に出た息子の帰りを待ちながら暮らす老夫婦パクシとウィルカ。アイマラ文化の伝統的な生活を送る彼らは、コカの葉を噛み、母なる大地のパチャママに日々の糧を祈る。そんなある日、飼っていた羊が狐に襲われ、さらにマッチを買いに行ったウィルカが道中で倒れてしまう。ペルー映画史上初の全編アイマラ語による長編作品として注目を集め、ペルー本国で大ヒットを記録。監督のオスカル・カタコラは第2作撮影中の2021年11月に34歳の若さで他界し、本作が長編初作品にして遺作となった。夫ウィルカを演じたのは、カタコラ監督の祖父ビセンテ・カタコラ。

2017年製作/86分/ペルー
原題または英題:Winaypacha
配給:ブエナワイカ
劇場公開日:2022年7月30日

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(C)2017 CINE AYMARA STUDIOS.

映画レビュー

3.0 マッチに頼らざるを得ない、生/死。

2024年7月13日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:VOD

アンデスの山奥で二人暮らす老夫婦の日常。
途中「マッチが底をつく」ことを、妻がチクチクずっと嘆いていて、正直しつこいなと思っていた。
でも。マッチが無ければ、火をどうやって得るのか。火がなければ、どうやって煮炊きや暖を取ればいいのか。火は、食事や寒さをしのぐこと、つまり餓死や凍死しないことにつながる。火=マッチが生きるために無くてはならない物だと気づいた瞬間、そんな取るに足らないものに頼らざるを得ない二人の寄る辺なさが、痛切に迫ったてきた。
もしコミュニティがあれば、マッチが一時的に無くなっても、誰かに頼ることもできると思う。
けれど、彼らにはその「誰か」がいない。彼らは息子からも見放され、町からも遠い。社会から完全に忘れ去られた存在になっている。
これは彼らが辺境で暮らすからいけないのだろうか。
いや、社会は老齢や少数民族などを理由に、彼らの(ような)存在を無視しているのではないか、と問うているのではないか。しかも「マッチが無い」という、たったそれだけの表現で。
すごい、と思うと同時に、深く胸にグッサリ来た。

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消々

5.0 文化の単位を考える

2022年8月30日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

私たちは文化を考える時、ついつい国単位で捉えがちだけど、それはずいぶん荒っぽい考え方なのだとこの映画を観て思い知らされた。この映画は、ペルーの少数民族、アイマラ族の2人の男女の生活を描いている。全編アイマラ語で演技されていて、スペイン語は一切聞こえてこない。山奥でたった2人で動物たちを飼いながら暮らしている様子をカメラは静かに写し取る。伝統を守って暮らす2人には息子がいるが、街に出たきり帰ってこない。標高5000メートルの地点で大地と共に生きるこのような文化と言語があると言うこと自体が感動的であり、世界の広さと深さに驚嘆する。
少数民族の言語は、世界的に減少しつつある。インターネットは世界の文化を近くしたが、基本は英語の世界だ。少数民族の言語のキーボード入力ができなかれば、その言語は使われにくくなる。少数言語はAI時代の機械学習の素材として不利だろう。そうなると、その分文化は消滅し、多様性が失われる。帰らない息子はきっと街で「今の生活」を満喫しているだろう。その裏では文化が消えようとしている。この映画は、その消えようとしている側に徹底的にカメラを向けている貴重な作品だ。

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杉本穂高

未評価 アンデス、ふたりぼっち

2026年1月5日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

新宿 K's cinemaでオスカル・カタコラ監督『アンデス、ふたりぼっち』観賞。閉館した岩波ホールで上映されるはずだった本作、いかにも岩波好みの映画であった。「なんでこの老夫婦はこんな生活してんのよ?」という疑問も、トークショーで少しは氷解する事ができた。ペルーのコーヒー貰ったっス♪ #48

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はにわさん in 2026

3.5 【”神様、私達が何をしたのですか!”今作はアンデス山脈の高所に二人で住む老夫婦がお互いに労わり合いながら生きる姿と神の無慈悲なる行為を描いたヒューマンドラマである。】

2025年12月25日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

悲しい

知的

■アンデス山脈の高地に、二人で石積みの質素な家に住むパクシとウィルカは、都会に出たまま帰らない息子アントュクの帰りを待っていた。
 リャマと羊数頭を飼い、質素に暮らす二人。
 山の神に祈りを捧げる日々。
 或る日、マッチが無くなり、村に買いに行ったウィルカは、途中で倒れパクシに助けられるが、雪の中一晩を過ごしたために、弱っている。
 更に、羊がキツネに襲われ全滅し、パクシの粗相で家は全焼してしまう。
 食料を失った二人。パクシはリャマを殺しウィルカに食べさせるが、彼は動かなくなってしまう。そして、パクシは残りの荷物を全て背負い、アンデスの険しい山脈に向かって一人歩いて行くのである・・。

◆感想

・登場人物は、パクシとウィルカの二人のみであるが、吹きすさぶ風の音。二人が交わす会話。寝る時は背を合わせる二人の姿が、お互いに厳しい自然の中で、支え合いながら生きている事を明示している。

・二人は、都会に出たまま帰らない息子アントュクの帰りを只管に待っている。”都会があの子を駄目にした・・。”と言いながら。

・二人が新年の祈りを山の神に捧げると、不吉なお告げがなされる。この作品は、ミニマル極まりないが、何処かに神の存在を感じるのである。
 そして、その神は無慈悲なのである。

・ウィルカを失い、一人になったパクシは何処に行くのであろうか。様々な類推が出来るシーンでもあり、それがこの作品に深い余韻を与えているのである。

<今作はアンデス山脈の高所に二人で住む老夫婦がお互いに労わり合いながら生きる姿と神の無慈悲なる行為を描いたヒューマンドラマである。>

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NOBU