「「理由がわからない」ということ」千夜、一夜 R41さんの映画レビュー(感想・評価)
「理由がわからない」ということ
行方不明者を待つ家族に焦点を当てた作品。
拉致というどうにもならない問題が、生きていてもどうしようもできないことに掛け合わされることで、あきらめという選択と待ち続けたい思いとが交錯してどうにもならない状態を作る。
ただ、拉致と断定できないことが、当人たちを苦しめている。
田村ナミが話した「いなくなった理由が欲しい」という言葉は、心に深く沁みる。
時に男というのは、ナミの夫のように、決まってしまっているような人生は自分が終わってしまうような気分になり消えてしまいたくなるのだろうか?
ナミの夢 35歳までに子供を作って家を建ててもう一人子供を設けて… というのは、男にとってそんなに重いことなのだろうか?
この理由を作品の中に入れ込んでいる映画は意外に多いように感じた。男という生き物の知られざる実態がそこにはあるのかもしれない。私も男だけど、わからない感覚だ。
まだ若いナミにとって、今の彼との再出発が新しい人生のスタートだった。すでに腹を決めた彼女の前に夫が現れても、「喜ぶと思った? 昔の私がいると思った?」
2年間も探し続け、できることすべてしつくして、ようやく新しい人生をスタートさせる気持ちになったナミの前には、当事者の夫の実体はもはや過去でしかない。
追い出されたその男がトミを訪問したのは、彼女自身が30年間も行方不明になっている夫を待ち続けていると聞かされたからだ。自分が妻に同じことをしたという猛省がそこへ向かわせたのだろう。
彼は夜中にトミの本当の姿を見る。
それは、彼女の想い出とともにそこに夫がいるかのように話し続ける夢遊病患者のようなトミだった。
ナミがトミに思わず言った「あなたは夢の中で生き続けているのよ」という言葉通り。
そこになぜハルオのプロポーズを受けないのかが垣間見れる。彼女自身こそが、無理なのだ。
夫を待つ長い時間の間に、トミはそのはざまに取り残されてしまっていたのだ。
その時間は千夜の10倍以上だ。
たった一夜で起きた出来事が、こんなにも長い時間が経っても何も変わることのない当時の時間が、トミの心の隙間に詰まっているのだ。
男を夫だと勘違いするトミ。夢の中にいるトミは「帰ってきたの? どこへ行っていたの?」と尋ねる。
男は自分が10か月乗った船の寄港地を話し始める。これが冒頭の声だ。そこにこの場面の映像が加わる。
「また、いなくなるの?」
夫を抱きしめるように男を抱くトミ。突然消えることがどんなことなのかを身をもって知る男。
早朝男が黙って去るのは、トミの夢の中に参加したことを、トミには一つの現実として受け止めてほしかったからなのかもしれない。夫が一度帰ってきて、また旅立ったということ。
朝トミは、「ちょっと行ってくるよ」という幻聴とともに目覚める。いつもは4時に起きる彼女は、久しぶりにゆっくりと目を覚ますことができたのだろう。
生きて戻ってきたハルオをひっぱたき、浜まで行って海に入ったのは、ハルオの申し出をはっきり断るためだった。
「もう誰も来ない。このままでいいの」
トミにとっては、イカ加工所で働く現実と、夜に夫と語らう現実があるのだ。彼女は、今朝船出した夫を待つという選択に誰も干渉してほしくないのだ。それが彼女の現実なのだ。
作品として、それが正しいかどうかは問題ではないが、要所要所で流れ続ける不協和音の音楽が、行方不明者を待つ人々の心の様子を表現しているのだろう。
この作品は何も解決していないのではなく、トミという女性の心が一体どこにあるのかを描いた作品だ。
夢の中で生きるという選択をした彼女に流れるのは確かに不協和音だが、行方不明者を待つということがどんなことなのかを作品は訴えているのだろう。
とても重い作品だと思う。