「人々の「待つ」という生き様が編み上げられていく」千夜、一夜 牛津厚信さんの映画レビュー(感想・評価)
人々の「待つ」という生き様が編み上げられていく
30年とは気が遠くなる年月だ。それほどの長い間、行方不明の夫を探し続ける妻をどう描くか。全ての答えは田中裕子の存在感に凝縮されていると言っていい。映画の肝とも言える最初のワンシーンを目にするだけで、ヒロインの背負ったものや感情の内側がじわっと流れ込んでくる。なぜいなくなったのか。その理由がわかれば、残された側の気も少しは楽になるのだろうが、手がかりは一切なし。それゆえ彼女の人生は何もない浜辺のような寂寥感と共に広がる。もはや日常の中で笑うこともなければ、泣くこともない。無駄な希望も持たないし、かといって絶望もしないーーーそこに浮かび上がるのは「待つ」という生き様だ。彼女だけではない。本作には他にも多様な人々の「待つ」姿が重ねられる。そうやっていつしか、小さくとも濃密なタペストリーが編み上がっていくかのような感慨が本作にはある。主人公に想いを寄せるダンカンがこれまた味わい深く記憶に刻まれた。
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