「能面の奥」ヴィレッジ humさんの映画レビュー(感想・評価)
能面の奥
のびのびとした環境、地元の文化、楽しく過ごした時間。
そんな無邪気な幼少期からだいぶ遠ざかった現在にいた2人。
優は父の過去を背負い、母の傷を見放すことなく守るように生きてきた。
美咲は都会で挫折を味わい心を痛めて帰郷した。
その再会は、離れていた年月を埋め互いの歪んだ時間を包みこむかのようにみえた。
なつかしい優しさと何よりも偏見を持たずに信頼を寄せてくれる美咲に、荒んでいた優の心は幸せだったころを思い出しほぐされ、次第にいやなことを断ち切る勇気を与えられていく。
友情が愛情にかわっていくと、表情には柔らかい日に照らされたような温かみが蘇り、瞳には力強さが宿りはじめた。
そんな心情の変化にあわせ長い間片付けられなかった部屋の様子も変わり、仕事にも意欲が出始め、少しずつ自信を得る。
美咲も、優のそばにいるときの自分らしさを心地よく思い出したようだ。肩肘張り力んでいた都会での自分を悟り、仕事場でも緊張がほぐれた本来の穏やかさと朗らかさを取り戻した。
ふたりとも、自分の手でやっと抜け出しはじめた暗闇。
求めていた安らぎが運んできたふたりの未来と希望が眩しく近づいてきたようにみえた。
2人の様子に嫉妬した村長の息子とおるが、その仲をさこうとするまでは…
噂ひとつが人生を覆してしまうような密な関係が永遠についてまわる小さな村。
その良い面を忘れてしまうほどの悪さがそこに悪戯した過去を、美咲に恋心があるとおるが執拗に利用して2人をひきさこうとする。
嫌な予感が追い立ててくるなかでその日は来た。
感情の昂りが繰り返す大きな炎を呼んだ。
迫る火のなか、淡々とうたう村長の母・ふみの声がうねりこの世の無情を嘆く。
全てを知り尽くしていたようなふみは、まさに能面そのもののように、燃え落ちる家屋とともに朽ち尽くす運命を受けて待つ。
一見、無表情なその内面に隠れる様々な感情。
多くの人は、すべてをさらけ出すことなく生きている。
そしてそこに交差するそれぞれの思惑は足跡をかすかにのこし、消えて去る。
感じる者だけに見える能面の奥。
圧倒的な横浜さんの目の表現、黒木さんのスクリーンから伝わる温度。
ひとのこころの複雑さを、能にある静と動にたぎるような炎の効果を加え、そのどちらにもある強烈な深みを表す。
地位への固執、権力の乱暴、間違った保守、変えれない意地、自己満足な見栄、伝統のための重圧、他人を傷つける欲、自我に埋もれみえなくなる世界…人間の隠しきれない癖がたくさんみえる。
誰かの純粋なきもちをにぎりつぶさないで。
余韻をのこす切なさとともにうっすらと一筋の希望をみながら願う自分が居た。
修正済み
humさん、コメントありがとうございます。
そうですね。優と美咲は、優の父親の事件がなければ、普通に恋人に発展していた間柄だったのでしょう。
その運命がねじ曲がってしまっていたところでの再会ですから、初恋の成就に違いありませんね。
共感とコメントを有り難うございました。横浜流星さん、良かったと思います。
物語は、おっしゃるように誰かの純粋なきもちを押し潰すもの=地位・権力・意地や見栄・欲などなどが、面の奥や心の奥から溢れてきそうでした。
失礼します
フォロー及びコメント感謝します
貴殿のご指摘、大変ありがたく、解釈の参考にさせて頂きます
あの陰惨な事件で主人公は一種の記憶障害になったと推察したら合点がいきます
欠如しているから、初めて聞く感情だったのでしょうね もしそうならば、「あの時のこと、抜けているんだよ」の台詞があると腑に落ちるのですが、これも又勝手な私の解釈で(苦笑
あのガキ大将役の役者さんはネットフリックスで評判の『サンクチュアリ』という相撲ドラマの主役を演じられております 私は未登録なので未視聴ですが、相当高い評価らしいです 日本のマ・ドンソクになれるか、期待大です
humさんからいただいたコメントで気が付きましたが、最近の世界は、〝色々と問題は多いけれど、みんなの努力と協力でなんとかより良い世界に変えていこうよ〟と思う人より、〝権力と金と武力を持った者勝ちでいいんじゃね?〟という人が増えたのかもしれません。
政体として一番効率がいいのが、独裁政権なのですよね。
うんたらどうたらの意見を調整しなけりゃいけない民主主義よりも遥かに楽❗️
威圧的な某大国が、スターウォーズのデス・スターのように不気味です。
人間もやはり動物なので、善悪や倫理より先に、生き延びるためには今何をすべきか、というところから身体が反応するのだと思います。
経済格差や分断は、精神的にゆとりのない環境で生きなければいけない人を増加(或いは生産)させることになり、社会性よりも動物的本能で動く人が増えて、結果として犯罪も増える、という悪循環を招いているように感じてます。
今晩は。
今作は評価が分かれていますが、humさんのレビューは的確且つ能面まで触れている点が素晴しいですね。
映画は、絶対的な名作を除いては評価が分かれるのは重々承知の上で、嬉しく思いました。では。
返信は不要ですよ。