「山屋を神の領域へ誘うのは天使か?悪魔か?」神々の山嶺(いただき) Masuzohさんの映画レビュー(感想・評価)
山屋を神の領域へ誘うのは天使か?悪魔か?
谷口ジロー(1947-2017)
鳥取県出身の漫画家
青年向け漫画誌を中心に
ハードボイルドから動物もの
SFまで幅広いジャンルで
連載を続け晩節は「孤独のグルメ」
で認知を更に広げた
大友克洋らのように
もともと「タンタンの冒険」
のようなバンドデシネに影響を受けた
画風でフランスでも人気が
あったという
そんな経緯もあり谷口氏と夢枕獏の
代表作のひとつ「神々の山嶺」が
フランスでアニメ映画化の企画が
持ち上がったのも自然な話で
7年かけて行われた制作の中で
谷口氏はついぞ完成を観る事は
なかった
で今作はどうだったか
アルピニストたちの精神や
山に対する一途かつ複雑な思い
アニメーションの表現力を
存分に生かし非常に印象的な
仕上がりになっていたと思います
話は実在の人物で
1924にエベレスト登頂を目指し
行方不明となった実在の人物
「ジョージ・マロリー」
が愛用していた携帯カメラ
「ベストポケット・コダック」
をカトマンズの現地人に
買わないかと持ち掛けられる
カメラマン深町から始まります
最初は相手にしませんでしたが
その後その男からカメラを奪い返す
大男がおり
それが界隈で名を知られつつも
忽然と姿を消していたクライマー
羽生丈二であることも
すぐ気が付き
思わぬ人物
そのカメラにマロリーが
登頂に成功している証拠があったら
という欲求に深町は駆られます
羽生は才能あるクライマーでありながら
知名度に劣り資金集めが出来ず
海外遠征に行けなかった事で
自分より努力してない連中ばかり
が挑戦に行く事にも不満で
冬の谷川岳の絶壁「鬼スラ」
を制した事で名を上げます
コンビを組む相手の配慮に欠け
自分に憧れていた後輩の文太郎を
事故で失ったことで単独での登攀を
行うようになっていったのでした
一見羽生の人間性に問題があるかの
ように捉えがちですが同じように
山に対する真摯な気持ちや情熱を持つ
相手には心を開いていました
文太郎も最後の最後まで精一杯
助けようとした結果であり
遺族の姉には匿名で仕送りを続ける
など不器用でも思いやりのある男
なのです
深町はそんな羽生の人間性に触れるうち
羽生が単独登頂のあと一つ達成して
いなかった嶺に挑もうとしている事を
突き止めて本人に掛け合うころには
「あんたの単独登頂の証拠を俺が撮る」
ともはや羽生を追う目的が
変わっていたわけです
結局深町は過酷な挑戦についていけず
途中天候の変化で危機を迎えますが
羽生に助けられあと一息の所で
テントを張り続けるかやめるかの選択
そこで心を開いた羽生からマロリーの
遺体とカメラを山頂目前で見つけた
事を明かされますが
深町は羽生が挑戦を続けるのか
やめるのかしか興味がありませんでした
深町は結局そこで断念し下山しますが
羽生は登頂を達成
深町はシェルパと帰りを待ちますが
戻ってくることはなく引き上げる時に
シェルパからこうなったら
羽生に頼まれたと手紙に包まれた
マロリーのカメラを渡されます
その手紙には
「何故山に登るのか。俺にもわからない」
「だがその時に生きているという実感がある」
といった事が綴られており
その時の羽生を追い続けてここまで
来てしまった深町にはその気持ちが
痛いほどよくわかっていたのでした
マロリーが登頂していたかどうかなど
どうでもよくなっていたのです
(1999年にマロリーは遺体が発見され
たそうですがカメラは持っていなかった
そうで漫画版では結末が少し
変えられたとか)
「何故危険を冒してまで登るのか」
「そこに山があるから」
というマロリーの名言は
「そこにエベレストがあるから」
と言うニュアンスだったそうです
危険を冒してもそれをすることで
生を実感する・取りつかれる
という感覚は戦場カメラマンや
F1レーサーでもあるところでしょう
どこか仕事を越えた部分があるはず
フランス人は国民性として
人間の力で自然を制覇する・支配する
という志向が非常に強いと聞きます
だから自動車のエンジンもこだわるし
フランス料理は原形をとどめないほど
加工することを目指している感じです
こうしたテーマで綴られた日本で
創られた話が海外で心を打った
というのはなんとも誇らしい
ところがありますね