アザー・ミュージック : 映画評論・批評
2022年9月6日更新
2022年9月10日よりシアター・イメージフォーラムほかにてロードショー
レコードショップが教えてくれるエンタメ・ビジネスの極意とは!
アザー・ミュージックとは、直訳すると「その他の音楽」を意味する。仮に大衆に支持される音楽が主とするならば、さしずめそれ以外。ニューヨークの靴屋が軒を連ねる通りにある店の向かいには巨大なタワーレコードがあり、その対極のコンセプトで開店したのが、大衆的ではない自分だけの音楽を集める唯一無二のレコード店「OTHER MUSIC」である。
真っ直ぐに店を訪れる常連、売上最優先の量販店では飽き足らずに店をのぞく飛び込み客、噂を聞きつけて地図を片手に来る人も少なくない。店には未知の音楽を求める客が溢れていた。
店内にはインディーズを中心にスタッフがそれぞれにセレクトしたレコードが並ぶ。カテゴリーは細かく分類され、レコメンド作には一枚ごとに店員直筆のコメントが添えられ、ミュージシャンの個性やアルバムの聴きどころを教えてくれる。好きだから伝え、ひとりでも多くの人に聴いてもらいたい。気の効いたガイドで斬新なサウンドとの出会いが再訪を促し、自ずと常連が増えていく。順風満帆に快進撃を続ける店の指針はアーティスト・ファースト。そして、顧客のニーズを満足させるスタッフ全員の尽力、働きやすさを重視した雇用体制など、エンタメ・ビジネスを成功へ導くためのヒントが満載されている。
「アザー・ミュージック」は、ふたりの創業者と音にはうるさいスタッフたち、俳優やミュージシャン、ジャーナリストなどの常連たちへのインタビューを軸に、ニューヨークでも最も忙しいレコード店の21年間を綴ったドキュメンタリーだ。
1995年、ビデオ店のバイトで知りあったジョシュとクリスが「OTHER MUSIC」を創業する。先に触れたとおり、音楽好きにはたまらない品揃えと行き届いたサービスが評判を呼び、店は千客万来の状態が続いた。
だが、2001年の同時多発テロによって“ビッグ・アップル”は大きなダメージを受け、さらにインターネットの爆発的な普及が拍車を掛ける。レコードが売れなくなったのだ。03年にはタワーレコードがまさかの閉店、時代の趨勢が店を窮地へと追い込んでいく。
我らが「OTHER MUSIC」だって手をこまねいている訳ではない。いち早くオンラインショップを開設し、丁寧なコメントを添える。ストア内の演奏や音楽配信も開始する。試行錯誤と葛藤、創業者は報酬を返上してまで店とスタッフを守るために奮闘を続けるが、2016年、遂に閉店に追い込まれてしまう。
店を通じて知りあい、その後結ばれたプロマ・バスとロブ・ハッチ・ミラー監督は、閉店を知り大きなショックを受けた。「OTHER MUSIC」とは、ミュージシャンとリスナーをつなぐコミュニティスペースだった。そのDNAを語り継ぐために生まれたのがこのドキュメンタリーなのだ。
ひとつのプラットフォームを作り、自分たちがセレクトしたレコードを共有し、その輪を拡げていく。ここに描かれるのは、どんな時代になっても不変のエンタメ・ビジネスの極意である。音楽好きはもちろんのこと、ビジネス志向の方にも大きな示唆を与えてくれるはずだ。
(髙橋直樹)