「アイデンティティのベースは」帰れない山 つとみさんの映画レビュー(感想・評価)
アイデンティティのベースは
アイデンティティのベースになるのは基本的に血統か土地だ。誰々の子誰々とか、どこどこの誰々とか。
そこから派生して自分が帰属している集団であったりもするし、そういったベースを必要としない人もいるが、今は置いておこう。
そのアイデンティティのベースが、主人公ピエトロは血統であったし、親友のブルーノは土地であった。
ピエトロは普段暮らしている場所から夏の間だけ山に来る。山にいる間は父親と過ごせることも多い。父の子であることがピエトロにとっては大事なのだ。
しかし山を存分に謳歌するにはピエトロの体力は心許なく、ブルーノが自分の代わりを務めるかのように父のパートナーの位置へ収まっていく。
ピエトロにとって辛い時期であったに違いない。
一方ブルーノは、実の父親と折り合いが悪く、自身のアイデンティティのベースは山しかなかった。
山で暮らしている限り彼は自分を保っていられる。
ピエトロの父親と家族のように、本当の父子のようにいい関係を築いていくものの、ブルーノのアイデンティティのベースにはなり得なかった。
物語冒頭に、何かの苗木を植え替える場面がある。ブルーノは芽が出た場所から動かすと枯れてしまうと言い、過去に試して枯れたとも言った。
土地を移ると枯れてしまうのはブルーノを表す。山というベースを失うと彼は枯れてしまうのだ。
その話を聞いてもピエトロは苗木を植え替えた。そして、何年かしても枯れることなく育っている。住む場所が変わっても生きていけることはピエトロを表す。
終盤に、父がブルーノと共に通ったコースを一人で踏破することで、既に亡くなっている父親との絆を取り戻す。
アイデンティティのベースが戻れば住む場所はピエトロにとって重要ではないのだ。
山に固執するブルーノだが、彼は子どもも生まれ、兄弟のような親友のピエトロもいる。彼らがブルーノにとっての山に取って代われなかったかと思わずにはいられない。
アイデンティティのベースを山から家族へと替えることはブルーノには難しいことだったようだ。
現実的なお金という問題がブルーノのアイデンティティのベースを奪おうとする。
ベースを取り戻せたピエトロと失いつつあるブルーノ。共に山で過ごした2人であるが彼らが山にいる理由が全く違うところは興味深い。
物語もそれなりに面白いものではあったと思うが、映画としての見所はやはりロケーションということになるだろう。
山の風景は絶景であるし、それを撮るアングルも、そこから生まれるショットも素晴らしい。
ブルーノが山に固執する気持ちが分からなくもない(自分は都会の喧騒が好きなのでないけれど)。
破滅に向かうようなジメッとした物語であるので、陽気で楽しい気分になるのは難しいかもしれないが、絶景好きの人にはそれなりにオススメかもしれない。なにせほとんどのシーンが外で、山なのだから。
原題は「Le otto montagne」八つの山。
一つのことを極めようとする者と、広く見聞を広めようとする者の物語であるらしい。幾度となく作中で言及される。
が、個人的にそこはあまりピンと来なかった。
ピエトロの一人称で語られる物語で、ブルーノの存在もまたピエトロの目から見たブルーノでしかなく、本当のブルーノを紐解くには視点が偏りすぎているからかと思う。
余談だが、観る前は同性愛っぽい物語かもなと思ったが、全くそんなことはなかった。途中少し怪しい雰囲気も感じたが、全くそんなことはなかった。
そういった物語に嫌悪感のある人でも大丈夫。
イタリアはあまり同性愛的なの撮らないね。
