「90分間の中に言葉を超えた多くの要素が凝縮され、力強く引き込まれた」アウシュヴィッツのチャンピオン 牛津厚信さんの映画レビュー(感想・評価)
90分間の中に言葉を超えた多くの要素が凝縮され、力強く引き込まれた
本作を観る前、ある種の型にはまった内容なのではないかという危惧の方が強かった。しかしいざ蓋を開けてみると、まるでボクサーの肉体のように90分台のスリムさの中に必要な要素が凝縮されていることに驚いた。特徴的なのは、主人公を始めとする登場人物たちの過去がほとんど描かれないことだ。彼らは自分のことをベラベラ喋ったりせず、ただ現在を生き抜くことに必死。けれどこのある種の地獄の中での相貌や行動、ほんの些細な振る舞いを見ているだけで、これまでどのように生きてきた人なのかが如実に伝わってくる。主人公の場合、それは当然、リング上でのリアルなファイト場面、そこでの一挙手一投足においても言えることだ。感動的ながら仰々しく感情を煽り立てはしない音楽や、端々まで緊張感を身に纏ったエキストラ、収容所内の美術に至るまで、作り手の情熱にも圧倒される。なぜ戦うのか。言葉にせずとも、映画そのものが答えを誠実に体現している。
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