「ロバの目線を通して描く現代の寓話」EO イーオー ありのさんの映画レビュー(感想・評価)
ロバの目線を通して描く現代の寓話
ロバのEOのつぶらな瞳が非常に印象的な映画である。果たしてその瞳には、人間の醜い争いや理不尽な行為がどのように映ったのだろうか?物言わぬ動物ゆえに澄んだその瞳が雄弁に語る。鏡が人の心を映すが如く、そこにはきっと人と世界の真実の姿があったのだろう。
本作はロベール・ブレッソンの「バルタザールどこへいく」をモティーフに、ポーランドの鬼才イェジー・スコリモフスキが製作、監督、共同脚本を務めて撮り上げた作品である。
確かに「バルタザール~」の影響をかなり受けているように見えるが、ミニマリストの作家ブレッソンに比べるとスコリモフスキはどちらかと言うと映像派作家である。所々に幻想的な映像やシュールなシーン、人間の目線では決して捉えることができないような大自然の神秘的な美しさを配しながら寓話性に満ちたドラマに仕立てている。
例えば、真っ赤なトーンが横溢するオープニングシーンからして一種異様な禍々しさを感じるのだが、以降も”赤”は様々な場面で印象的な使われ方をしている。
カサンドラとの再会シーンでは、彼女の顔をバイクのテールランプが真っ赤に染め上げ、かつての純粋さが失われてしまったことを鮮烈に表現している。中盤の森、風車等を捉えた空撮映像、4本足のロボットの悪夢。後半では家畜を運ぶトラックの内装が真っ赤な照明で染め上げられていた。
他にも、本作で面白いと思った映像は幾つもある。
森の中に迷い込んだEOを狙う狩猟者のレーザー照射には不気味な怖さを覚えるし、古い建造物の地下に突如として現れる長い通路、豪水が滝のように流れるダムのシーンなんかも超然としたシーンで印象に残った。
こうしたシュールで禍々しいトーンが横溢する本作は、セリフが少ないからこそ余計に寓話性が際立ち、結果として独特な作風の作品になっている。
一方、物語も軽快に展開され最後まで面白く観れた。
「バルタザール~」はどちらかと言うと善人と悪人がはっきりとしていたが、この「EO イーオー」は人間の善と悪の二面性を強調した作りになっている所が面白い。
優しかったカサンドラはサーカス団を辞めてすっかり変わってしまったし、家畜を運ぶトラックドライバー、若いイタリア人司祭も善良な一面を見せる一方で下心や放蕩癖があったりする。こうした二面性は動物にはない人間特有の物だろう。EOがどこまでそれを理解し得たかは謎だが、しかし彼らを見つめるつぶらな瞳はすべてを見透かしているように気がしてならなかった。
それにしても、あのままサーカス団にいればEOは幸せだったのかもしれない…と思うと、このラストは何とも皮肉的である。彼がサーカス団を追われた原因は、動物愛護団体の批判を受けてのことである。それが結果的に彼を追い詰めてしまったのであるから、何とも居たたまれない話である。
現実世界に目を向けてみれば、環境保護団体や人権団体等、良かれと思って声を上げる人々がたくさんいる。しかし、彼らの運動が必ずしも世界を正しい方向へ導くとは限らない。作中ではそのあたりの矛盾を明確に提示しているわけではないが、そんなことも考えさせられた。直接関係はないが、昨今の小人プレレスやF1のグリッドガールの件を連想してしまった。