「ヨーロッパの理念と現実」ヨーロッパ新世紀 文字読みさんの映画レビュー(感想・評価)
ヨーロッパの理念と現実
2022年。クリスティアン・ムンジウ監督。ルーマニアのトランシルヴァニア地方の田舎の村。ドイツに出稼ぎに出ていた男は些細なことから帰国してきた。妻子とはうまくいかず、地元で有数の企業に勤めるかつての浮気相手とつかず離れずの関係に。そんななか、その企業が雇ったスリランカ人をめぐる排外運動がおこり、村は不穏な空気に包まれる、という話。
ハンガリー人とルーマニア人、さらにドイツに起源をもつ人々、NGOで働く現代フランス人など多様な背景を持つ人々が話し合う集会場面は圧巻で、息苦しくなるほど。民族的出自と経済格差が入り交じって複雑に屈折した感情が爆発し、話は具体的な接点や妥協点の模索ではなく、抽象的な議論と感情の発露に終始する。この場に当事者のスリランカ人がいないということがなによりもその問題点を表している。世界中どこでも起こっている「イメージ」と「感情」の政治。
ヨーロッパの人道主義的な理念と現実の生活とのギャップを静かにえぐるように描く。パン工場を任され、ワインとクラシック音楽をたしなむベジタリアンの女性と、食肉加工場さえ務まらず、猟銃を持ち歩いて息子にマッチョな教育を施そうとする男性にそのギャップが体現されている。うまくいくわけがないから最初からひやひやする。
主人公の父の自死からの謎の多いラストシーンもすばらしい。熊の出現、そして主人公の浮気相手の女性の謝罪が意味しているのは、彼女と若きフランスのNGOの青年(熊の生態調査)との間に関係を持っていたということでいいのだろうか?
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