「この映画にこそ、出かけて欲しい。」トリとロキタ 詠み人知らずさんの映画レビュー(感想・評価)
この映画にこそ、出かけて欲しい。
アフリカから渡航する途中で出会ったトリとロキタは、たどり着いたベルギーに移民として定着するために姉弟と偽って精一杯生き抜こうとする。12歳のトリは、故国でも迫害されていて、しかも学童であることから、滞在ビザが取れた。しかし、17歳のロキタは、渡航が労働のためと見做されるので、既にビザを持つトリの家族(姉)であると偽って、滞在ビザを取得しようとするが、なかなかうまくは行かない。しかたなく偽造ビザの入手と引き換えに、裏社会の誘いに乗らざるを得ず、その結果、違法大麻の栽培工場に3週間の約束で閉じ込められる。トリは、そんなロキタの精神的な支えになっている。
ヨーロッパで頻発している暴動やテロの背景には、こうした移民たちの偽造パスポートやビザ、不法就労が見え隠れし、映画でも多く取り上げられてきた。しかし、彼らの悲惨さのみを強調したら、極右政党(とは言え、政権にも近い)の移民追い出しキャンペーンの格好の材料にされてしまう。それでは、ダルデンヌ兄弟はどのようにこの映画を作り上げたのか。まず徹底して弱者の側に立つ。次に、フランス語圏のベルギーの街、リエージュでの短い時間の物語として、ドキュメンタリータッチで描いた。二人がベルギーにたどり着くまでの背景が詳細に語られるわけではないので、映画を見ている私たちは彼らに感情移入できる。ダルデンヌ兄弟がキャスティングした対照的な二人の好演が目立つ。小柄で俊敏なトリの働きにより、裏社会と二人との駆け引きがミステリーの形でスピーディーに展開される。
ダルデンヌ兄弟の映画には、通常、BGMがない。しかし、この映画では、二人の歌が大きな救いとなっていた。二人の表の仕事であるピザ屋で、カラオケで歌われたシャンソンとイタリアの民謡。それから、繰り返し出てきたアフリカの子守唄。特に、身体が大きく動きはゆったりしているが、物事を受け止める力があるロキタの豊かで暖かい声が印象的。トリの歌はぎこちないが、この子守唄が、普通の家族以上に、支えあって強く生きた二人の姿を象徴していた。移民を犠牲にする裏社会を告発するためには、ストーリーは過酷なものとならざるを得ない。しかし、いつまでも、心に残る映画だ。