「クローネンバーグが描く人類の未来像。」クライムズ・オブ・ザ・フューチャー レントさんの映画レビュー(感想・評価)
クローネンバーグが描く人類の未来像。
本作にはプラスチックを食べる集団が出てくる。彼らは自分達が人類の進化した姿だとしていわゆる新人類として徒党を組み、まるで麻薬製造工場ようなところで密かに自分たちの食糧であるチョコバーを製造している。このチョコバーは彼ら以外の人間には猛毒であり食べたものはたちまち死んでしまう。
人間の環境への適応能力は他の生物と比べて高いらしい。灼熱の亜熱帯地域から北極圏のような寒冷地までどんな環境下でも暮らせるから人類はこの地球上で最も数が増えたのだと言われる。
いまや地球温暖化どころか沸騰化なんて言われてるけど、そんな環境になればなったで人類は適応して生き残るのかもしれない。
深刻な環境汚染の原因の一つであるプラスチックゴミ。海洋マイクロプラスチックはもはや空気中にも含まれていて、それを吸い込み体内で蓄積されれば人体にどんな影響を及ぼすかわからない。
本作の集団はまさにそんな汚染された世界に適応した進化した新人類として描かれる。確かに有毒なプラスチックを体内で無毒化できる消化器官を有するなら彼らは新たな環境に適応した新人類といえるのかもしれない。そんな彼らを脅威とみなして滅ぼそうとする体制側。その体制側に秘密工作員として仕えるのが主人公のソール。
彼も進化した人類の姿として描かれる。近未来においては人々は痛みを感じなくなり、まるでドラッグをやるかのように街中で互いを刃物で傷つけあい快楽をむさぼっている。
もはや苦痛は快楽にとって変わられ、痛みを感じない人々の欲求はより刺激を求めて巷では公開手術などというパフォーマンスが人気となっていた。
その第一人者であるソールは創造性進化症なる病で体内で常に新たな臓器を作り出しては相棒のカプリースに摘出手術をさせるというパフォーマンスで一躍人気となっていた。しかし彼には潜入捜査員としての裏の顔も。
彼の潜入捜査によって新人類のリーダーであるラングの暗殺に成功するが、それと時期を同じくしてソールは彼らの食糧であるチョコバーを自分が食べることができることを知る。
今までの彼は単体の臓器しか生み出せなかったが、今や新たなる消化器官を生み出せるようになっていた。すなわち彼は自身が新人類であったことを知るのだ。
こうして書いてみるといわゆる体制側にいた秘密諜報員が取り締まるべき反体制側に取り込まれてそちらに乗り換えるという一種ポリティカルサスペンス的な本筋に監督特有のグロテスクでアーティスティックなものを詰め込んだような作品なんだろうか。
とにかく内容ははなから理解できるとは思ってないけど、次から次へとイマジネーション溢れる映像の連続で独特の世界観に浸ることができた。御年80歳のクローネンバーグがその健在ぶりをアピールしたということか。
かつて彼の作品を象徴する言葉として内臓感覚とか言われてたけど、だから今回内臓を描いたのかな。とするとこれはファンサービス的な作品であるのかも。
ちなみに本作を見ていてクローネンバーグの集大成ともいえる作品だとも感じた。生物と機械が癒合したようなデザインの手術マシーンは「裸のランチ」に出てくる昆虫タイプライターや「戦慄の絆」での禍々しい手術道具を、手術パフォーマンスは「クラッシュ」での交通事故パフォーマンス、手術マシーンの操作盤は「ヴィデオドローム」のもだえるビデオテープ等々かつての彼の作品を彷彿とさせるものでその辺も見ていて楽しかった。