「第二のスパイダーキラーと第二の被害者」聖地には蜘蛛が巣を張る つとみさんの映画レビュー(感想・評価)
第二のスパイダーキラーと第二の被害者
アリ・アッバシといえば「ボーダー 二つの世界」だ。「マザーズ」も観たけれど、社会的メッセージを含んだファンタジー、もしくはホラー寄りの作品を撮る人だと思っていた。
なので、この作品のように実際の事件をモチーフにしたサスペンスを真っ直ぐ撮ったことはとても意外に感じた。
社会的メッセージという意味では過去作よりも強烈になっているようには思えるが。
スパイダーキラーであるサイードの視点と、事件を追う女性記者の視点の2つで進み、その双方で信仰による「ズレ」を描きサスペンスフルで面白かった。
個人的に「ボーダー 二つの世界」はあまり刺さらなかったので、アリ・アッバシ監督作の中では一番良かった。
さて内容について。
まずはやはりスパイダーキラーを擁護する人々がいるという事実に誰しもがおののくことだろう。
主に宗教的な理由によってスパイダーキラーの行いが正当化されることは実に恐ろしい。
信仰に対してあまり熱心ではない(実はそうでもないが今は置いておく)日本人から見ると狂ってると感じてもおかしくない。
さすがにスパイダーキラーを擁護する気にはならないが、殺人が許される状況というのは実際にはある。分かりやすいのが戦争だ。それ以外にも状況によっては許される場合がある。
そんな特別な状況に信仰によって陥っていると考えれば、スパイダーキラーを称賛する彼らはクレイジーではないのかもしれない。
本当の問題は、娼婦に身をやつさなければならない人がいるという事実だ。彼女たちだってやりたくてやっているわけではないだろう。生きるためにやむなくそうしているのだから。
サイードが逮捕された終盤、サイードの息子は町の人々から「お前の親父はスゴイ」と言われる。彼はとても誇らしかったようだ。
父親を尊敬するような眼差しは常にもっていたように見えたが。事件によって更に尊敬を越え崇拝に変わってしまったように見える。
サイードの息子が第二のスパイダーキラーになってしまうような危うさが恐ろしい。
そして、最も注目すべきと思うところは、サイードが極刑に処されたことで、サイードの妻が生きるために娼婦になってしまう可能性だ。
妻だけではなく、もしサイードの息子が第二のスパイダーキラーになってしまい家に男手がなくなるとまだ幼い娘でさえ娼婦になってしまうかもしれない皮肉。
信仰を否定するつもりはないが、時代に合わせたアップデートは必要だと感じずにはいられない。