劇場公開日 2022年5月13日

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「逆に悪い印象を与えてしまったのではないかと心配」グロリアス 世界を動かした女たち 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

2.0逆に悪い印象を与えてしまったのではないかと心配

2022年5月26日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 女性の人権活動家グロリア・スタイネムの伝記だが、グロリアの人生を描きたいのか、フェミニズム運動の歴史を描きたいのかがはっきりせず、両方とも中途半端になってしまった感がある。加えて、時系列を行ったり来たりするような変なテクニックのせいで、グロリアの人となりがわかりにくくなってしまった。作品に立体感がない。物語が薄っぺらなのだ。かりにも世界のフェミニズム運動を引っ張ってきた女性なのだから、その人生が薄っぺらな筈はない。

 三つ子の魂百まで。グロリアの中には幼い頃の少女がいつまでも住んでいる。それを描くために後半になっても小さなグロリアを登場させているのかもしれないが、幼い記憶や情緒を抱えているのはグロリアだけではない。「三つ子の魂百まで」は、世界中の誰にとっても同じである。敢えて幼少期を描く必要はなかった。

 インドの経験の描き方も浅い。インド共和国はバラモン教の国で、表向きは民主主義の国だとなっているが、内実はカースト制度による差別の国である。最下位のカーストである不可触賤民は、殺されても警察はろくな捜査もしない。バラモン教はリインカーネーション(輪廻)が主要概念だから、不可触賤民の子孫は必ず不可触賤民である。彼らにとって人生は絶望でしかない。
 同じカースト同士の結婚を描いた映画「グレート・インディアン・キッチン」では、結婚した女性が奴隷のように酷使され、生理中は忌み嫌われる。インドではカーストに関係なく、女性に人権などないのだ。グロリアには、そのあたりの強烈な差別を目の当たりにしてほしかった。

 公然と行なわれる差別は、民主主義教育が行き届いていないということに尽きる。インドでは貧しい家庭は子供を学校にやれない。新しい知識がもたらされないから、親の考えがすべてだ。親はカーストが当然だと考えているから、子供もそうなる。自分たちが不可触賤民であるという認識はある。しかし避妊の知識も道具もないから、子供を作ってしまう。不幸の再生産だ。

 グロリアは得意の文章によって、差別に甘んじてしまう人々を啓蒙していきたいと考えたのだと思うが、本作品ではグロリアの決意の瞬間などが描かれず、なんとなくフェミニズム運動に巻き込まれてしまったかのように見える。フェミニズム運動について、逆に悪い印象を与えてしまったのではないかと心配だ。

耶馬英彦