「奇想天外も・マルチバースも・エキサイティングも・おバカも・深いテーマと普遍的な感動も、全て一つ」エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
奇想天外も・マルチバースも・エキサイティングも・おバカも・深いテーマと普遍的な感動も、全て一つ
組合賞など前哨戦の圧勝から見ても、まず本作のオスカー受賞はほぼ間違いない。大本命。
にも関わらず、日本では酷評の嵐。訳が分からない、理解不能、最低最悪、駄作…。
結構楽しみにしてたので何かちょっとガッカリもしたけど、いざ見てみたら、いや普通に面白れー!じゃん。
話や設定だって訳が分からないって事はなく、しっかり分かる。これの何処が訳が分からないの…??
昨今のハリウッド映画の何でもかんでものマルチバースが飽きたから…? マルチバースって言い換えればパラレル・ワールド。日本だったら『ドラえもん』などアニメや漫画でよくある。お馴染みじゃん。
ハリウッドと中国の仲良しこよしがムカつくから…? 本作のアジア人キャストは80年~90年代映画ファンには堪らない。ハリウッドとは縁の無いと思っていた彼らが今こうしてハリウッドを席巻して嬉しい限り!
またまた人種やLGBTなどへのポリコレにうんざりだから…? それらも全く意味ナシの設定ではなく、ちゃんと話や展開上に織り成す。ディズニーの“ポリコレ・ワールド”とは訳が違う。
まあ確かに好き嫌いは分かれるタイプの作品。好きな人はハマり、ダメな人にはとことん何もかもダメ。
だって、スタジオはA24で、監督は異色の作品を発表し続けるコンビ。万人受けする作品じゃないのは見る前から分かる。後は自分がハマれるか、否かだけ。
勿論好みはあるが、ハマれないからと言って最低最悪の駄作ではない。皆大好き『鬼滅の刃』や『SLAM DUNK』が性に合わない人だっている。それら王道が良くて本作のようなブッ飛んだ作品がダメなんて事は絶対にない。
映画のイマジネーションは、それこそマルチバースのように無限大。
だから私はその無限のイマジネーションに唸った。
ブッ飛んでて、奇想天外クレイジーで、メチャクチャヘンテコ。
その中に、ユーモアやエキサイティングさ。おバカやお下品も。
果たしてどう着地するのかと思ったら、まさかまさかの深いテーマや感動的な家族のドラマを魅せてくれる。
見る前は、マルチバース×カンフーのSFアクション・コメディがよくオスカーにノミネートされたなぁ…と思ったが、見て納得。奇想天外に見せて深みのある、本作の本質はここにあり。
とは言え、アカデミー賞も変わったもんだ。一昔前だったら一部門もノミネートすらされていなかっただろう。でも、変わる事はいい事だ。いつまで経っても変わらず、本作のような作品が認められなかったら、アカデミー賞なんてやる意味も必要もない。それこそ日本バカデミーレベル。
もう一度言う。私は面白かった!
話そのものも面白い。
破産寸前のコインランドリーを営む平凡な中年女性。
父は惚け、夫は不甲斐なく、娘は反抗期。国税庁の職員も容赦ない。
もう人生どん底。これが私の人生なの…? 私の人生ってこうなる運命だったの…?
そんな彼女の前に“現れた”のは、マルチバースから来た夫。全宇宙の危機を救う為に力を貸して欲しい。君は“選ばれし者”だ。
しかも全宇宙を支配しようとしているのは、マルチバースの娘で…。
…って、よくもまあこんなへんちくりんな話を思い付いたもんだ。こんなの思い付く人は、天才かバカか。
おそらく監督のダニエル・クワン&ダニエル・シャイナートの通称“ダニエルズ”はその両面を併せ持っている。
天才じゃなきゃこんな作品をまとめる事は出来ない。
バカじゃなきゃこんな発想は生まれない。
劇中でも言ってたじゃないか。バカをすればパワーが増すと。
某アニメソングにもあるじゃないか。♪︎頭空っぽの方が夢詰め込める
本作のインスピレーションの一つが、斬新な日本のアニメーションからというのも何だか嬉しい。
なるほど確かにジャパニメーションを彷彿させる要素も。
バカをしてマルチバースの自分とリンク。“ジャンプする”。
あっちはバカはしないけど、もうこれ、まんま『攻殻機動隊』じゃん!
『攻殻機動隊』と言えばあの革命的ハリウッドSFアクションにも影響与えたよね。本作は所々、その作品を思わせる。
別世界とリンク、別世界の脅威、レジスタンス(みたいな仲間たち)、選ばれし者、己の運命…。カンフーや移動指揮車内なんてあの工作船。
そう、『マトリックス』!
本作は新世代の『マトリックス』だったのかも…?
その他映画ネタ(『2001年宇宙の旅』『レミーのおいしいレストラン』)や細かな伏線も鮮やかに繋ぐ。
だけどやっぱり、このブッ飛んだアイデア!
昨今のマルチバース…つまりはMCUに於いてはヒーローやヴィランのコラボで扱われているけど、本作では“別宇宙の自分”という本来の設定を踏襲しているのがいい。
様々なマルチバースでは…、カンフーマスターの自分がいる。映画スターの自分がいる。料理人の自分がいる。
指がソーセージの世界や生物発生の起点が無く“石”の世界もある。
もし、自分だったら?…と、想像膨らませてみるのも楽しみの一つ。
そんな別世界の自分とリンクして…何だか昔、『ドラえもん』見てた時のワクワク感。
幾つものマルチバースや自分が目まぐるしく交錯して展開。
何だかここも分かりづらいと叩かれてるけど、いやそこが面白い所なんじゃないの!
別宇宙の自分がジャンプ。能力が備わり、性格も変わる。
特にそれがユニークだったのは、夫のウェイモンド。“この宇宙”では冴えないのに、“別宇宙”がジャンプしたらキリッと切り替わる。キレッキレのカンフーと、あのウィンクにはやられたね。
登場人物はそんなに多くはない。でも各々が一人数役こなしているようなもんだから、ある意味アンサンブル劇!
ヒューマンドラマの実力派女優としてのミシェル・ヨーとアクション女優としてのミシェル・ヨー、両方を一つの作品で見れるのが嬉しい。
他にもコン・リーやチャン・ツィイーもいる。でも、ミシェル・ヨーなのだ!
監督コンビは彼女ありきで脚本を書き、断られたらどうしようと思っていたという。ヨーは、ハリウッド作品では単なる背景や空気でしかないアジア人中年女性を主役にしてくれた事が嬉しくて堪らなかったという。
望み、望まれたケミストリー。
娘(マルチバースではヴィラン)役ステファニー・スーの容姿に関して叩いている輩もいる。美少女の方が良かったなどと。この役、美少女アイドルだったら合わなかっただろう。あの母親や世の中に対してのうんざり感、マルチバースでのふてぶてしさが絶品だった。もし日本だったらまたバカの一つ覚えみたいに橋本環奈みたいな美少女をキャスティングするんだろうなぁ。
ジェイミー・リー・カーティス姐さんも宿敵ブギーマンみたいなしつこさと異形で襲い掛かってくる。ちゃんとユーモアも交えて。
父役ジェームズ・ホンは御年94歳、キャリア70年以上の大ベテラン! 惚けた父だが、その存在や設定にも中国問題の一つ、家父長制を提起させる。
キャストで最大の話題が、キー・ホイ・クァン。
近年稀に見るカムバック。彼の経歴についてはもう充分知られているので、わざわざ語る事もないだろう。
ユーモラスで、哀愁あって、人間味あって、アクションも披露して、美味し過ぎる役所。
また、キー・ホイ・クァンという役者自体が本作(=マルチバース)を表していた。
80年代は子役として活躍し、役者の道を一旦諦め裏方へ…。
もし、あの時役者を続けていたら…? もし、あの時映画界を去っていたら…?
全く別の人生を送っていたかもしれない。ジャッキー・チェンが夫を演じ、クァンはそれを観客として見ていたかもしれない。
裏方でもいいから、映画の世界にしがみつき留まっていたから…。
彼はこうして帰ってきた。素晴らし過ぎるカムバックで。
『インディ・ジョーンズ』の子役、昔のジャッキー・チェン映画にも出ていたアクション女優…。リアルタイムで見ていた人には感慨深いだろう。
これは同窓会ですか!
マルチバースの危機を救う…なんて聞くと壮大なSFと感じるが、本作は各々個人に行き着く。
もし、あの時ああしていたら、ああだったかもしれない。
もし、その時そうしていたら、そうだったかもしれない。
もし、この時こうしていたら、こうだったかもしれない。
人生はほんの些細な決断や選択で無数に枝分かれしていく。
あの時ああ選択していたら、この時こう決断していたら…。
結果は変わっていたかもしれないなんて、誰だっていつも思う。良くも悪くも。
もし、今冴えない人生だからって、決断ミスだったのだろうか…?
もし、今何不自由ない人生だからって、心底幸せなのだろうか…?
今の人生。こうだったかもしれない人生。あり得たかもしれない人生。
それら無限のマルチバースの中から、今の自分がいる。
選ばれし自分などではなく、それが自分なのだ。
存在を成し、意味を成し、今ここの自分に行き着く。
無数の自分は、一つ。
その時、今の自分と周りに、何が見えてくるか。何が大切か。
向き合う事。受け入れる事。理解する事。愛する事。
優しいだけが取り柄の夫、反抗期の娘、惚けた父だって、破産寸前のコインランドリーだって、どん底人生だって。
温もり感じ、愛おしくなってくる。捨てたもんじゃない。
突飛な奇想天外映画である。
エキサイティングな映画である。
究極のおバカ映画である。
そして、普遍的なメッセージに溢れた珠玉の映画である。
追記その1
本作の話や設定を訳が分からない、理解不能という意見に対してもう一つ。
多くの人が『アバター』を平凡な話だと言う。平凡だったら平凡で退屈だと言い(『アバター』は映像世界に没頭出来るよう敢えてキャメロンの優しい配慮で話はシンプルにしているのだ)、そのくせ少し複雑になると訳が分からない、理解不能と言い出す。何だかなぁ…。どうしろっちゅーねん。
追記その2
本作の略したタイトルが、如何にも配給会社の流行りワードにしようとしている魂胆が見え見えで好かん。何でもかんでも略せばいいってもんじゃない!
コメントありがとうございます。
いつも飲みに行く映画BARのマスターが、
「この映画、普通に白人キャストだったら
ここまで賞は獲れなかったでしょうね。」と言ってました。
私もそこはそう思いました。
映画としてはそれほど良い出来では無いと思うし、
ミッシェル・ヨーにしても、他の作品「宋家の三姉妹」とか
「The Ladyアウンサンスー・チー」の方が
演技としては良かったと思います。
ただ、ここまでエンタメに振り切って解り易く
親子と言えども、世代間での文化の違いを抱えた
移民の親子の葛藤と融和の話は
移民大国アメリカならではで、多くの人の共感を得たのでしょうね。
また、先のギレルモ・デル・トロ監督の
「シェープ・オブ・ウオーター」が作品賞を獲った時の様に
一種のジャンル映画に作品賞が送られることは
それこそ、多様性と言う意味で良い事だと思ったりします。
ただ、私は完全に独り者なので、最近多い
「家族は大事、仲間は大事~~」系の映画は
もういいや~~って気になってしまうは
ひねくれてますかね~~(苦笑)
本作、アカデミー賞・作品賞を取っちゃいましたね。
ぶっ飛んではいましたが、家族愛をテーマにした作品でしたので、
可能性はあるとは思ってはいましたが、やってくれましたね。
では、また共感作で。
ー以上ー
近大さん、コメントありがとうございます。
俺は毎年この日を休みにしてTVにかじりついてます。そのためにwowowに加入したようなもの・・・
主演女優賞がいまいち予想できませんけど、ミシェル・ヨーよりもミシェル・ウィリアムズに獲ってもらいたいです。キー・ホイ・クァンは確実でしょうね~
共感ありがとうございます。
ぶっ飛んだ、個性的な作品でしたが、このサイトも含め、低評価のサイトが多いですね。
どんな作品にも良い所があると思います。良い所を見つけるのが映画観賞の楽しみ方だと思います。
本作も、最初はぶっ飛んだ感に戸惑いましたが、観続けるうちに、この作品は家族愛というテーマで貫かれていると理解でき、楽しむことができました。
では、また共感作で。
ー以上ー
この映画と私との相性の悪さを無理矢理に説明すると、たぶんこんな感じです。
どんなに仕事ができても、どんなに周囲の人が褒めそやすような人でも、なぜか自分は、この人と二人になる状況は、絶対避けたい、というほど(少なくともこちらからはそう感じてる)肌が合わない人がたまにいます。この映画もそのひとり(一本)でした。でも、近大さんのレビューには、とても唸らされました。
この映画、高評価の方のレビューは、素晴らしいものが多いという共通点があります。