「急性ニコチン中毒苦しいぞ~」ロストケア カールⅢ世さんの映画レビュー(感想・評価)
急性ニコチン中毒苦しいぞ~
安楽死や尊厳死の問題はまた別の問題。
斯波は検察官の大友(長澤まさみ)の取り調べの際、社会の穴に落ちた自分と安全地帯にいる大友の状況の違いを引き合いに出し、尊厳死の必要性を盾に自分の犯したことを正当化します。死刑を求刑するアンタも殺人者だと大友を揺さぶってきます。斯波の父親役の柄本明が観るものの判断をあやふやにしてしまう迫真の演技。つい同情してしまいます。高橋伴明監督も「夜明けまでバス停で」でバクダン役の柄本明に「底の抜けた社会」というセリフを言わせて、行政の不備を訴えていました。本当の息子の柄本佑が斯波役だったらよりリアルになるかなと一瞬考えましたが、それではコントになってしまいそう。松山ケンイチはとても適役だったと思います。自分の父親だけでやめておけば、自殺幇助罪止まりで、ある程度正当性はありますが、他人に対して反復大量殺人をやってしまうのは明らかに病的な心理が働いていると言わざるを得ません。また、看過できない松山のセリフとして、介護老人の不審な死亡例のほとんどは親族によるものだと大友に言ってのけます。ネグレクトを含む未必の故意のみならず、介護者が隠れて殺人を犯しているのだと言うのです。急性ニコチン中毒はとても苦しいと歌手の山本譲二さんがラジオで言ってました。みちのく一人旅が売れる前、キャバレーのどさまわりをしていた頃、酔客がタバコの吸殻を入れたビンビールを飲まされ、三日三晩のたうちまわるほど苦しんだそうです。この映画を観て、スパイ映画を参考に注射痕が目立たない足の指の間の血管からタバコの葉っぱの抽出液を注射する模倣犯が出ないかとても心配。斯波が被介護者にもそれを行ったのは父親にやった時にバレなかったからだとはっきり言っています。
その背景には確かな検死能力のある監察医がいないことや警察官が遺族や介護者を疑っていてはキリがない現実があります。
映画は在宅介護の話しですので、事業者にとって契約者が減ってしまうことは減益に直結するのでメリットはありません。しかし、民間の有料老人介護入所施設だとしたら、部屋の回転率をあげることは増収につながり、組織的とはいわないまでも犯行の動機になり得ます。所長を含めて施設の被雇用者が手のかかる介護度の高い入居者を忌避する心理が意識的あるいは無意識に働き、医療機関受診のタイミングを遅らせてしまうことは十分に考えられます。親を預ける子供の罪悪感にも訴える非常にセンシティブで多くの人にかかわってくる題材。
介護保険法が建設業界の介護医療産業参入を促しただけとまでは言いませんが、
原作の殺人事件モノのミステリー小説が映画化されるときには、脚本や過剰な演出についてよく吟味、評価する必要があるなと思いました。