線は、僕を描くのレビュー・感想・評価
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小泉徳宏監督と北島直明プロデューサーが令和の世に放った“再生”の物語
「ちはやふる」シリーズで競技かるたという題材を信じられない映像世界で実現させてみせた、小泉徳宏監督と北島直明プロデューサーの再タッグ作。
今作では横浜流星を主演に起用しているが、その期待に見事に応えてみせた。
コロナ禍の影響などもあり、公開の順番は変動してしまったが、当初の予定通りでいけば横浜にとって初めての主演映画となっていたはずのもので、思い入れの強さも鑑賞した方であればご理解いただけるはず。
前述の通り、様々な事情で順番が変わってしまったが、作り手ひとりひとりが等しくコロナ禍を体験したからこそにじみ出すことの出来る表情もあったのではないだろうか…と感じるシーンが幾つもあった。再生の物語であるのに疾走感も損なわれておらず、小泉×北島コンビが醸し出す世界観の妙に唸らざるを得なかった。
小泉監督が「ちはやふる 結び」の開発に入っている2017年2月、ある地方都市で北島プロデューサーと3人で飲む機会があったが、その時に思い描いていた題材とは良い意味で異なるものとなった。競技かるた、水墨画の続いた作品世界が、今後どのようなものに転換していくのかにも興味が尽きない。
映像と演技と音楽は「ちはやふる」と同様に良いのに、何かが足りない印象。喪失と再生がテーマの成長物語。
本作は名作「ちはやふる」の製作チームが再結集し、「かるた」を「水墨画」に置き換えるイメージで製作が決まったと思われます。
「ちはやふる」の小泉徳宏監督、横山克が音楽を担当し、「またあの世界観を味わうことができるのか」と期待値は高くなっていました。
実際に、光と音楽の使い方に秀でている小泉徳宏監督の良さは存分に出ていました。
そして、横浜流星×清原果耶×江口洋介×三浦友和のキャスト陣の演技も良く、作品のクオリティーを上げていました。
ただ、見ていて「何かが足りない」という気持ちに。
やはり、題材の違いが大きすぎたのかもしれません。
「ちはやふる」では、「静けさ」のイメージの「かるた」に、実は「競技かるた」があり、「激しさ」がありました。
本作の「水墨画」も同様に、そのギャップのようなものを描き出しています。
ただ、2作品を比較すると、「水墨画」の方は、やや大人しいイメージで、「競技かるた」に比べると「映像の迫力」と「高揚感」が薄くなってしまう面があるようです。
また、題材の違いなのか、物語の振れ幅にも違いがあります。「ちはやふる」のようなエンターテインメント作品として、どんどん面白くなっていくわけでもないため、「万人受けする作品」とまでは言えないのかもしれません。
とは言え、本作を単体映画として見れば、「良質な作品」であるのは間違いなく、期待値を上げ過ぎない方がいいのかもしれません。
水墨画の世界をポップに描く
映画は、映像で魅せるもの
すばらしかったです。
俳優陣みんなよかった。
監督、脚本、演出、みんなよかった。
中学生のとき、とあるフランス映画をみて
ワケがわからなかった。
それが悔しくて何回か見ていると
こういうことが言いたいのかな、と
すこし分かった気がした。
そのフランス映画の監督のインタビューを
読んだら、「こんなにも雄弁に映像で語っているじゃないか」
というニュアンスのことが書いてあった。
「映画は、映像で魅せるもの」
それが私の映画沼への原体験。
で、この映画。
ちゃんと映像で描いており、かつ難解さはなし。
そして、判断は観客に委ねるという部分も
少しは残しているため深みもある。
油絵のように何層にも塗り重ね重厚さを描く絵画と
その対極にあるような”水墨画”。
だからこそ、1本の線に魂と想いを込め
”私にしか描けない線”を追求する。
地味だと揶揄する方もおられますが、
テーマと物語そして演出を表現するのに
最適な題材だと思いました。
3カ所ほど、その台詞なければよかったな。
というのがあり、残念でした。
が、「映画はアートではなくエンタメ」
という解釈で許容範囲。
でした。
久しぶりに良い映画を観たと実感出来た。
風景がとても綺麗だった
純粋さに引き込まれる
いい作品だった。
冒頭、主人公が誰かの絵を見て涙する。
後にそれは、彼の心の中に今でも残り続けているシンボルで、それこそが彼の向き合わねばならないことだった。
この作品の対立軸は、「私」
素晴らしい作品 それはこの作品のモチーフである水墨画であれ、文字であれ彫刻であれ、詩でも小説でも、何であっても心に届くものだ。
特にそれを見て涙するほど感動を覚えるとき、自分の心を覗いてしまったことになるのかもしれない。
うつろいながら澱みが生じ、あるいは清らかに流れていても、水草の中には死体がある。
根源 本心 基本的には隠しているのが人で、どうしても見たくないことさえ気づかないようにして生きている。
椿を見て彼が流した涙を湖山が見たのは、出会いという必然性がこの世の理だからかもしれない。
必要なものとの出会い。
青山にとってそれは、水墨画というかなり特殊なものだった。
しかし、もう既にその感動を感じ取ってしまった彼には、ほぼほぼ敷居などなかったのだろう。
一心不乱に線を描く いま見た春蘭の線 線 自分の線
楽しさから始まり技術を覚え自由自在に描けるようになっても、ダメ出しが始まる。
やがてその技術と才能が自分自身を苦しめるようになり、楽しめなくなる。
千瑛が行き詰まった理由
さて、
湖山は「本質に目を向けろ」という。
この言葉は絵を描く人にとっての常識になっているが、基本中の基本であるが故、何が本質なのか見失うこともあるのだろう。
この最もな解釈は、私というものの実体である。
私に実体などないというのが解釈だ。
私のどこを探しても「私」など存在しない。
これは脳科学でも似たことが言われる。
視覚、嗅覚、聴覚、味覚、触覚はすべて脳によって認識されるが、脳には私というそれそのものがある場所はない。
会社で言えば、すべての部署があるのに社長室がないのだ。
当然社長もいない。
では、実体のない私の「本質」とは何だろう?
それがこの作品では「心」または「感情」であり、今現在その心のベースとなっている「何か」つまり、自分自身の本質である何らかの喜怒哀楽
それが移ろっている今の自分自身を「線」が表現するのだろう。
千瑛は青山の描いた線を「憂い」と言った。
人は誰も同じ喜怒哀楽を共有することができる。
喜びも悲しみも、すべての感情を感じることができる。
その「線」から感じた感情こそ、いまの心を乗せたものであり、そこには嘘がない。
嘘がないことこそ、芸術なのかなと思う。
装わないし繕わない。
それが自分自身に向き合うこと。
向き合いきれていないことが、中途半端な作品となる。
それはたちどころに見透かされてしまう。
ラーメン一杯についても同じだと思う。
材料の使い方 表現の仕方 材料を少々削ったところで誰にも解らないと思っているかもしれないが、完全に見透かされているものだ。
一生懸命だけど今一つという作品には、その一生懸命さはでるもの。
果敢に挑んだ痕
それを笑うことなどできない。
物語はハッピーエンドで、その型は割と一般的だ。
ただ、災害というのは今の日本ではとても身近になってしまっていることで、そこに変な大げささは感じない。
「行ってきます」
最後に言えなかった言葉は、別の意味で家族へと届けられた。
誰にでもある心の傷
出会いは必然的
それを拒否しなったことでつながった糸を切ることなく成長できた。
この特段大きな試練のない物語だったが、登場人物にネガティブさがないこともあって気持ちよく見ることができた。
それもまた新しさなのかもしれない。
エンドロールの美しさがこの作品の本質を際立たせていた。
絵を通じて自分と向き合う覚悟
横浜流星は目上男性陣に好かれる
この主人公は横浜流星以外には、なかったのではと思う。
真摯に水墨画と向き合ったときの目の美しさ
翳りのある表情
そして何より、男性陣が後輩として可愛がりたくなる何かを持っている
制作年が違えば、若い頃の東出昌大でもはまったかもしれない
(翳りがちょっと足りないか、、)
そして清原沙耶の
意志の強い賢そうな顔も水墨画の若手実力者としてぴったり
江口洋介の使い方も素敵
三浦友和は、清潔感ある大御所
富田靖子が、水墨画界の大御所!!(どうしてもアイコ16歳とさびしんぼうのイメージが)
河合優実が、大学生役で、明るさを添えている。
ストーリーも王道な感じでよかったし
何より、水墨画に興味を持つきっかけになる
エンディングの水墨画と毛筆でのキャスト名、もかっこよかった
いざなう水墨画の世界
映像が綺麗
日本家屋、庭園、水墨画、映像が綺麗で心が浄化されるような時間。
筆で、薄い色や濃い色太い線から細かい線。水に墨が広がっていく波紋。描かれてゆくのを見ているのがとても心地よくてずっと見ていたい。水墨画ってこんなに奥深いんだ、と気づかされた。
美しい映像を見るための映画なので、ストーリー重視で見る映画ではない。大きな画面で見たほうがいい
自分的に、水墨画を描いているシーンがもっと多くてもよかったなーというかんじ
書道をやっていたので、見入ってしまった。お手本を綺麗に真似するのは簡単で、自分を表現するような文字を書くのって難しいもんなー。
真っ白のキャンバスに、何を描くか、その描いたものが自分を形作っていく。それは、水墨画だけに限らない。
一発真剣勝負の世界
原作未読、「ちはやふる」も未視聴のまま鑑賞。
ちょっと想像していたものと違った。
青春映画という触れ込みだが、ストーリー展開は、それにしては弱いと思った。ドラマチックな場面もあまりない。
ただ、恋愛要素を排除した展開は良かったと思う。霜介(横浜流星)と千瑛(清原果耶)が恋愛するようなことになったら、「水墨画」という舞台設定が台無しになっていただろう。
主演、準主演もよかったが、それ以上に良かったのは、湖山(三浦友和)と湖峰(江口洋介)。2人のパフォーマンスシーンは、水墨画というものが、描き直しのできない孤独な真剣一発勝負の世界なのだということをダイナミックに伝えてくれた。
パフォーマンス以外も、この2人の演技が良かった。やっぱりキャリアの違いが出たか。
もう少し、霜介と千瑛、湖山と湖峰を通して水墨画の世界の奥深さを味わえるような物語にしてほしかったというのが個人的感想。主演が主演、テーマがテーマ、狙っている客層が客層なだけに、そこまで欲張るのは無理だったのかもしれないが。
映画のタイトルは秀逸。とてもよく考えられていて凄いと思いました。
何とも清々しい
GACKT
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