「我々はアントーニオの子供か、シャイロックの子供か」シャイロックの子供たち 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
我々はアントーニオの子供か、シャイロックの子供か
知っている方ならピンとくるであろう“シャイロック”。
ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『ヴェニスの商人』に登場する金貸し。
強欲な性格で悪人のように描かれているが、開幕この舞台を見ていた夫婦の会話。
お金を返さない方が悪い。金はただ返せばいいってもんじゃない。
夫は銀行マン。ギャンブル狂で、ATMから金を盗み、競馬で当て、戻すという不正を繰り返していた。
ある時その場を検査部の行員に見られるも、気付かれず、事なきを得た。以来、ギャンブルから足を洗った。
企業相手に金を貸す銀行をシャイロックに見立て、行員たち各々の罪…本作を暗示めいている。
お馴染み池井戸潤金融小説が原作。
こちらもWOWOWでドラマ化され、『空飛ぶタイヤ』『アキラとあきら』のように単なるカット&脚色の映画化ではない。
原作小説ともドラマとも違う映画オリジナル・ストーリーが展開。オリジナルキャラも登場。
原作の話を少し調べてみたが、確かに映画の話とは違うようだ。
原作は読んでいないので何処が違うとは指摘出来ないので、この映画版のみの感想を素直に。
話の入りである事件は同じようだ。
東京第一銀行・長原支店。
100万円が紛失する事件が起きた。翌日見つかったと言うが、それは上役たちが金を出し合って“揉み消し”。
営業課の愛理のバッグから帯封が見つかり、疑われる。それも同僚の嫌がらせ。
ゴミの中からある伝票を見つけた営業課課長代理の西木は、ある人物を怪しいと睨む。
お客様一課のエース・滝野。“江島エステート”という会社に10億円の融資を成功させたばかりだった。
この時滝野は一大事に追い込まれていた…。
“江島エステート”は名ばかりの会社。が、話を持ち掛けた石本は、見込みありそうな案を引き合いに出してくる。
何処か胡散臭そうな気がしつつも、滝野は上役からの営業プレッシャーから話に乗る。
印鑑証明も偽造。上役たちはこれに気付かず、受理。
大口案件に支店は喜び沸くが…。
ほどなくして、石本から返済難の電話。とりあえず100万円立て替えてくれ。
滝野は、同僚が顧客先に用意していた900万円から100万円を盗む。それを返済に。
100万円紛失事件の犯人は、滝野だったのだ。
しかしそれっきり、石本とは連絡付かず。本人も会社も姿を消した。
100万円紛失事件はただのきっかけに過ぎなかった。東京第一銀行長原支店は、架空融資で10億円損失という一大事に瀕していた…。
この大事件に真っ先に気付いた西木。
人のいい性格。部下の愛理が疑われた時も庇う。飲み友達の老人の相続問題に振り回されながらも、相談に乗る。この時紹介された訳あり物件、やはり後々ね。
出世コースからも外れ、うだつが上がらず、部下から信頼されてるだけの課長代理と思いきや、なかなかの切れ者。
阿部サダヲが好演。
上戸彩演じる愛理と玉森裕太演じる田端と共に、何か腑に落ちない一連の事件を調べ始める。
すると、銀行内に蔓延る“闇”が明らかになっていく…。
石本は滝野が赤坂支店勤務時からの顧客。
だから話を持ち掛けてきたのだが…、実は関わる人物がもう一人。
長原支店の支店長・九条。石本とは兼ねてからの知り合い。
九条もまたギャンブル狂。金に困っていた。
そんな時、石本から架空融資の話。上手くいけば大金が手に入る。
それには“ピエロ”が必要。まんまと利用されたのが、滝野だったのだ…。
序盤辺り、滝野の案内で江島エステートの架空オフィスで石本と九条が合うシーン。この時すでに騙していたかと思うと、滝野が憐れに思えてくる。
何故滝野は断れなかったのか。それは石本から弱みを握られていたから。
石本から大金を受け取った過去…。
この時から、汚れた金に手を伸ばしてしまった滝野は、真っ当な銀行員じゃなくなった…。
どうしたらいいんですか…?
そう自問する滝野に、西木が投げ掛ける。
それは君自身が決める事だ。俺は石本と九条を許さない。やられたら倍返し!
まさかのあのフレーズが飛び出すが、この時の西木がカッコいい。
西木もプライベートは金の問題を抱えている。兄の連帯保証人になり、借金の肩代わり。ヤクザから借金の取り立て。
絡まれてた時、滝野が助けに入る。この時、うだつの上がらない行員とエリート行員に思えたが、正念場で逆転。
本当に真っ当な銀行員に相応しいのは…?
終盤で西木は謝礼金を提示される。西木は…。
一つの事件がきっかけとなって、その裏に隠された巨大事件へと繋がっていく。
小難しい金融システムや用語はあるが、さほど苦にはならない。
『半沢直樹』のようなスカッとする勧善懲悪ではなく、やるせなさ、苦さ、哀しさも滲ませる。忍成修吾演じる行員のパワハラとノルマ課せられた果て…。
それだけに、西木が仕掛ける一世一代の“倍返し”。滝野がやられた事をそっくりそのままやり返したようで、ここはやはり痛快。
石本=橋爪功と九条=柳葉敏郎の憎々しさも見事。
個人的には、昨今の映画やドラマで黒幕に欠かせない橋爪と柄本明の“対決”も見応えあった。
佐藤隆太や佐々木蔵之介ら豪華キャストのアンサンブル。もう一人個人的に、木南晴夏のやる気のなさ&嫌な女っぷりもオマケポイント。
『空飛ぶタイヤ』に続く本木克英監督の手腕も手堅く。
話の面白さ、役者陣の好演、ユーモアとスリル、社会派テーマと行員たちの裏の顔と銀行の闇…。
見始めたら引き込まれる、いつもながらの池井戸金融エンタメ。
人は誰しも金に翻弄される。
ならば翻弄される我々は、アントーニオか…?
金を貸す者、借りる者、返さない者、盗む者、甘い汁を啜ろうとする者、手を伸ばしてしまう者…。
“シャイロックの子供たち”の欲が蠢く金の世界。
そんな世界を見せつけられ、本当に銀行や行員は信用に値するのかと疑念すら沸いてくるが…、
作品を通じて、何もそれだけじゃないという事を訴えているのを感じた。