「貸したものを返せばいいという訳では無い」シャイロックの子供たち bluewaveskyさんの映画レビュー(感想・評価)
貸したものを返せばいいという訳では無い
私にとって初の池井戸作品だが、本作は原作やドラマに対し、大幅な改編があるという。そんな事は露知らず、いつも通り何の予備知識も無いまま鑑賞。物語は佐々木蔵之介扮する検査部次長の黒田と妻(森口瑤子)の『ヴェニスの商人』の観劇から始まる。タイトルのシャイロックの説明かと流していたが、この劇が重要だったのだ。シャイロックは強欲な金貸しとして描かれるのだが、妻は『貸したものを返せと言ってるだけなのにね』というと黒田は相槌をうつも『貸したものを返せばいいという訳では無い』と呟くのだった。
赤がシンボルカラーの東京第一銀行の長原支店には、さまざまなタイプの人間がリアルに配される。主役の阿部サダヲ扮する営業課課長代理の西木雅博、じっと構える支店長の九条(柳葉敏郎)、典型的なパワハラ副支店長の古川(杉本哲太)、お客様一課では腰巾着的な課長の鹿島(渡辺いっけい)、課長代理の滝野(佐藤隆太)、後に精神を病む遠藤(忍成修吾)など。滝野は赤坂支店から異動後間もないが融資営業成績も良く、支店のエースと目されていたが顧客の石本(橋爪功)からペーパーカンパニーの10億円の架空融資を持ちかけられる。前の赤坂支店時代の融資に伴い1000万円のリベートをもらった経緯があり、“真っ当な銀行員でなくなった”滝野は断れない。さらに石本は利払いの建て替えで100 万円を要求。切羽詰まった滝野は二課の田端(玉森裕太)が目を離したうちに100万円を横領してしまう。その“帯封”を社食で見つけた二課の麻紀(木南晴夏)は気に入らない営業課の愛理(上戸彩)のロッカーにそれを忍ばせる。愛理に嫌疑がかかるも西木が庇い、上司4人の折半で済ませてしまうが、先の10億円の架空融資が発覚し、黒田が乗り込んでくる。黒田は100万円紛失の件を知り追及するも、過去に黒田が競馬につぎ込むため横領した金を戻すときに落とした“帯封”を突きつける九条に屈して不正の告発を見送る。そこで西木は10億円架空融資の裏に石本と九条が絡んでいることを掴み、馴染みの顧客の沢崎(柄本明)の持つ耐震偽装物件を西木曰く『ハッキリと詐欺だな』という手口で石本に売り抜けて15億円せしめる“倍返し”を果たすのだった。その後、滝野は黒田に不正を告白し、滝野と石本、九条も逮捕。2年の刑期を終えた滝野は妻子に迎えられ、黒田も転職して小売で販売に従事。一方、西木も銀行から去ってしまう。愛理と田端が『ヴェニスの商人』を観に行こうとして劇場へ向かう時にエレベーターから降りてくる西木を見かけるが、愛理は西木と行き違い見失ってしまうというところでエンドロールを迎える。
ハッキリと詐欺な展開は爽快感が無いので、上映後しばらくは疑問に思っていたが、これが本木克英監督の狙いだろう。原作では西木が100万円紛失の実情を掴んだ早い段階で失踪してしまい、羽田沖で同年代男性の死体が見つかるが西木ではないというところで終わるようです。映画では西木もこの詐欺的展開を主導し、“真っ当な銀行員でなくなった”ことで穏やかにはいられないということなのだなとだいぶ時間が経ってから気付かされる奥深い作品。