神は見返りを求める : 特集
【両手一杯の“胸糞”をあなたに】
でも何かエモい…何度も観たい… ムロツヨシの奇行が
怖すぎる“イヤエモ・ラブストーリー”ここに爆誕
「やっぱり私、あなたが嫌い」
6月24日から公開される映画「神は見返りを求める」は、一言では“こう”と説明しづらい、何とも味わい深い良作だ。
ムロツヨシ演じる心優しい男が、岸井ゆきの扮するYouTuberの女と交流を深めるなかで徐々に狂っていく。 “嫌な気分”が胸いっぱいに広がるが、同時に謎の感動もあり、目を離すことができない……。
監督は「ヒメアノ~ル」「愛しのアイリーン」「空白」などで知られる吉田恵輔。この特集では「神は見返りを求める」のあらすじ・キャスト・スタッフ、そして見どころ解説やレビューを交え、魅力を深掘りしていこう。
【何度も観たい胸糞映画】見返りを求める男と、
恩を仇で返す女 心温まりづらいラブストーリー
あらかじめ言っておくと、本作は「最高に幸せな気分」になったり、「溜まっていたストレスが一気になくなる」ような映画ではない。
ラブストーリーにもかかわらず救いようのない“胸糞の悪さ”が残る……だが、それがいいのだ。
[あらすじ・キャスト・スタッフ]
イベント会社に勤める田母神(ムロツヨシ)と、YouTuberのゆりちゃん(岸井ゆきの)が、合コンで出会った。再生回数に頭を悩ませるゆりちゃんを不憫に思った田母神は、見返りを求めずに彼女のYouTubeチャンネルを手伝うようになる。
それほど人気は出ないながらも、力を合わせて前向きに頑張り、2人は良きパートナーとなっていく。
しかし、あることをきっかけに優しかった田母神が“見返りを求める男”に豹変。さらにはゆりちゃんまでもが容姿や振る舞いが別人のようになり、“恩を仇で返す女”へとなっていき……。
田母神役は、当代きっての人気個性派俳優・ムロツヨシ。そしてゆりちゃん役は「愛がなんだ」などの岸井ゆきの。彼・彼女らにしかできない芝居を極める面々が集い、一挙手一投足が強烈に印象に残る演技バトルを繰り広げる。
さらにメガホンをとったのは、“2021年のベスト邦画”に挙げる人も多い「空白」で知られる吉田恵輔監督。人間の嫌な部分を見つめ続け、それゆえに人間の輝かしい側面も独特のセンスで描き切る吉田監督が、オリジナル脚本で新たな境地に挑んでいる。
[今観るべき一本]驚異の“同時代性” 世間が震撼中、暴露系YouTuberを描いたすごさ
ネタバレにならない程度に物語展開を説明するが、本作には“暴露系YouTuber”が登場する。
2022年6月現在、まさに世間を震撼させるこのモチーフを盛り込んでいるが、驚くべきは「神は見返りを求める」は約2年前に撮影されているという点。もっと言うと、企画自体はさらに数年前に立ち上がったものだという。
つまり、数年前にはほぼ存在しなかった暴露系YouTuberをいち早く描いており、話題がピークとなったタイミングで劇場公開されるという奇跡。未来予知に近いオリジナル脚本を仕上げた吉田監督は「時代が俺をパクった」とコメントしているが、あながちジョークでもない。
いわば、 “今観るべき映画”という言葉は、まさに本作のためにあるのではないだろうか。万難を排して観るべし。
【レビュー】あの「空白」監督の新作は、なんと日本版
「ジョーカー」だった “良質保証”おすすめの渾身作
ここからは、鑑賞した映画.com編集部員(男性・30代)のレビューをお届けする。
●まずムロツヨシがヤバすぎ…狂ってる?正常? これは日本版「ジョーカー」だ
開口一番「すさまじい映画を観てしまった」という感想。観ていて、こう、心が温まるどころか、すきま風が吹き込む……むしろ嫌な気分がジェンガみたいにうず高く積み上がり、画面の前から逃げ出したくなる瞬間もあったりする。
しかし、それこそが本作の最大の魅力。えげつないものを強烈に求める人間心理をこれでもかと刺激する。やがて観る者の感情は爆発することになるが、その起点となるのがムロツヨシだ。この男、やはり半端ではない。
演じた田母神は、最初はとにかく優しい。まさに神的な優しさで、ゆりちゃんを助けまくった後に「俺は見返りほしさにやってるわけじゃないから」と語りかける。
これがもうすごい。観ているこちらは「じゃあ何のためにやってるんだよ」と混乱し、やや遅れて「こういうやつが一番怖いんだよな」と思考が追いついてくる。
その後も、見返りを拒絶し続けるムロ。その目はなんだか逆に怖い。無償の優しさは、それと同じくらいの量の恐怖を含んでいるという宿命的な欠点を、眼差しだけで表現する彼の演技力は驚異的だ。
やがて歯車が狂ったとき、田母神は“奇行”を見せ始める……。
ここまで観ていて、はたと気がついた。この作品はホアキン・フェニックス主演「ジョーカー」と相似関係にある。
心優しいアーサーが、社会や周囲の人々の無関心にすり潰されジョーカーとなったように、田母神もまた闇に堕ちていく。なるほど、日本版「ジョーカー」と呼ぶにふさわしい、すさまじいドラマだ。
●終盤に“謎のエモ”大量発生 “イヤエモ・ラブストーリー”ここに爆誕
もちろん岸井ゆきの(ゆりちゃん役)も「絶妙」の一言に尽き、ムロと一進一退の迫力の攻防を繰り広げる。若葉竜也は軽薄なイベント会社社員に扮しており、二枚舌を駆使して物語を引っ掻き回すのだが、彼もまた素晴らしい。
岸井と若葉、「愛がなんだ」コンビの芝居が観る者の秘孔を突いてくるのだ。
で、物語のほうはというと、次第に田母神は見境なく見返りを求めまくるようになるし、ゆりちゃんもゆりちゃんで「そんなこと言う?」とドン引きするくらい恩を仇で返しまくる。気分を消沈させるシーンが連続する一方で、中盤、ゆりちゃんの魂の叫び、そして「出会わなければよかった」というつぶやきを機に、謎のエモーションが体の底から湧き上がってくるから驚いた。
なんだこれは? なんなんだこの感情は!? 涙がこぼれそうになった直後、その涙が経験したことのない速度で引っ込んでいく。戸惑う筆者をよそに物語はずんずん進んでいき、置いていかれまいと必死に食らいつくも、情動の大渦に捕らわれているのでうまく展開を咀嚼できない。
結果、胸にイヤ~な気分が澱のように残るが、さらにそこにエモも滞留。なぜ自分がこんな気持ちになっているのか論理的に説明できず、さらにもう一度こんな気持ちになりたいがために、また本編を最初から観直そうとしている自分に気がついて……。
ラスト20分、鑑賞前には予想できなかったクライマックスがやってくる。“イヤミス”ならぬ“イヤエモ”ラブストーリーが、現代の日本に誕生した。
●結論:個人的に“傑作” 刺激がいるなら、最前列で拝み倒そう
「空白」に続いて、吉田恵輔監督がとてつもない作品を放ってきた。オリジナル脚本での製作が難しい昨今、ここまでの良作を連発するとは……!
個人的な意見だが、本作は「人生をうまく生きられる人間」と、「そうじゃない人間」の間にある決定的な違いを描いている、と思った。僕はどっちだろう? 多分、後者だろうなあとか考えながら、エンドロールを眺めていた。
ラストシーンに、あなたは何を観るか? 映画館に足を運び、その胸に宿る感情を確かめてほしい。