「故人の気持ちを察するひたむきさ」アイ・アム まきもと グレシャムの法則さんの映画レビュー(感想・評価)
故人の気持ちを察するひたむきさ
普段まったく意識していなかったのですが、私たちのコミュニケーションというものは、相手はいつでも、当然のように、或いは自分の期待通りに、自分の言ってることを察してくれているはず、という前提で成り立っているということを実感させられました。
恋人同士、友人同士、職場や部活の仲間…
同じ常識を持ち、この会話の流れならアレとかモノと言っても、当然伝わるはずだと。
だから、世の中には、誤解とか思い違いによる人間関係の軋轢がこんなにも発生するんですね。
(最近読んだばかりの東野圭吾さん『希望の糸』では、それで殺人まで発生してました)
例えば、誕生日が12月の恋人にクリスマスを兼ねたプレゼントをしたつもりなのに(そういったつもりなのに)、クリスマスには何もしてくれなかった、と相手は感じていたり…。
それを殊更強調したり説明したりするのは、いかにも不粋だし、小さい男に見られたくもないので、ハッキリとは言えなくてもそれとなく匂わせただけで「察してくれるよね」とプレゼントした男は思いがちだし、確認もできない。
一方、女性の方に、誕生日とクリスマスはあくまでも〝別物〟というそもそもの思い込みがあれば、こちらの思いは「とっくに察してくれてるはず」という前提で会話をしてるから、「そんなの聞いてません」となる。
あれ⁉︎ この映画のマキモトさんの察しの悪さとは、なんだかズレた方向に行ってしまった😅
マキモトさんは、生きている人間の気持ちを察する、という思考回路を持たない代わりに、故人の思いを察してあげることには労力を厭わない。
互いに察してあげないと上手くいかない人間関係の煩わしさ。見方を変えれば、察することで会話することに慣れたほとんどの人間は自分の言いたいことが伝わるように噛み砕いて話す労力は端折りがちになる。
世間的に立派そうな会社などの会議でも、誰が誰に対して何をどうやって説明するのか、ということが具体的に確認されないまま「じゃ、結論はそういうことでいいんだな」とか「つまりは、そういう方向で考えよう」みたいに切り上げて、後で責任の所在が曖昧になる。そんなことが散見されませんか。
でも、難しいですね。
説明と伝えることばかり考えていると、『◯◯◯◯、今こうなってました❗️」となるかもしれないので、要注意です。
こんばんは~。
ハッピーデスデイ2にコメントありがとうございます✨🍻🎶
12月のプレゼントの話で、
下の子が小学生の頃
12月下旬生まれなので
誕生日もクリスマスもお正月もまとめて現金であげていました。
その頃は本当に苦しい時期で可哀想でしたが、
お金がないからと説明していました。
ちょっと黒歴史を思い出しました
グレシャムさん、コメントありがとうございます。
察するって、人間関係で必要不可欠なんですが、コミュニケーションの点では「察してるはず」が邪魔をしますよね。
牧本氏の場合、邪魔をする方の察しが悪い(全くない)のだと思います。目の前にいたらイラッとするでしょうけど、それを受け入れられるゆとりのある人間でありたいと思います。
ラストで高台から見える空に虹がかかっていました。
空を飛ぶ白鳥が未来に羽ばたく様子を表現していました。温かい見送りに頑張って闘病して亡くなった母の葬儀を思い出しました。
また、どうぞよろしくお願いします!
こんばんは。千葉のイオンシネマにて観ました。
毎週月曜、1 1 00円でしたので。マキマトさん、ひたむきさがありましたね。
不器用ながら真っ直ぐに生きる姿に心を打たれました。一人の男性の生き様が
現実的に描かれていました。
とても良いレビューですね
私も普段からコミュニケーションの難しさを感じていました。
察せれていないのに、まきもとのようには突き抜けられない
中途半端だから余計に相手を失望させたり、イラつかせてしまうなあと……😅
コメントありがとうございます。そういうのも(流行ってる映画の決め文句とか落語引用など)教養というか楽しみの一部ですよね。ガチガチでなくてふわ~んとコミュニケーションできたらみんな幸せになれそう!