劇場公開日 2023年4月7日

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「矛盾する感情が詰め込まれた箱」ザ・ホエール つとみさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0矛盾する感情が詰め込まれた箱

2025年5月21日
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鑑賞方法:VOD

繊細で不器用で、それでいて大胆な人々によるドラマ。誰もがもどかしい中で行われるやりとりは不思議な面白さがある。
繊細なのに臆病にならず思いきった行動に出てしまうところはアメリカ人的なのか。ブレンダン・フレイザー演じる主人公チャーリーは引きこもりのような状態ではあるが、どちらかと言うと大胆な行動の結果そうなってしまったわけで、そこにネガティブさはない。

ブレンダン・フレイザーがアカデミー主演男優賞を受賞したので観たいとは思いつつも、この物語がどういったものなのか想像しにくく不安だった。
主人公は娘との関係を取り戻したがっているとあらすじにはあったが、300キロ近い巨体になってしまった男がただ懺悔するだけだったら共感できそうもなかったから。
しかし実際に観てみると、それぞれが抱える苦しみが見えて、苦しみを克服せんがため更に泥沼に嵌まるような物語に引き込まれた。

物語の核をなすように登場するのはメルヴィルの「白鯨」。そしてエッセイ。
チャーリーは自身が鯨であり、鯨を倒したい船長でもある。つまり自分で自分を滅したい、罰したいのだ。
それは、恋のために娘と妻を捨てた過去と、アランを失ってしまったことへの自責。全てが自分の過ちだったかのように自らを罰する。

一方で、エッセイに対して自身の気持ちを語れと彼は言う。
素直になってぶつかっていけ、思うままに進めということだ。
チャーリーは心のままに生きた結果、今の後悔があるはずなのに、それが良いと言っている。
この、相反する感情や状況が面白いし、それはチャーリーだけではなく幾人かの登場人物にも当てはまる。
例えばリズは、チャーリーに対して太るから食べるなと言いつつ、高カロリーそうなサンドイッチを手作りし与える矛盾。それはリズがチャーリーの世話をすることとチャーリーが食べることの根幹がアランへの愛情からくるという同一のものだと理解しているからだが、言っていることとやっていることのチグハグさもまたチャーリーと同一だ。

物語全体で、行動と結果がうまく噛み合わないもどかしさ、可笑しみ、そういったものが凝縮された作品で、実に面白かった。

つとみ
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