「【「白鯨」”贖罪と救済の物語。そして、正直に自分の気持ちを晒す事の大切さを難解な展開の中で描いた作品。”主人公の余りの肥満体のインパクトは大きい。ラストの光り輝く展開は、心に響く作品である。】」ザ・ホエール NOBUさんの映画レビュー(感想・評価)
【「白鯨」”贖罪と救済の物語。そして、正直に自分の気持ちを晒す事の大切さを難解な展開の中で描いた作品。”主人公の余りの肥満体のインパクトは大きい。ラストの光り輝く展開は、心に響く作品である。】
ー 余りの肥満により死期を悟った巨漢の男チャーリー(ブレンダン・フレイザー)はオンライン講座の教師。が、彼は生徒たちには自分の顔を晒さない。
そして、且つて愛した男アランを亡くし、8年前に別れた妻と娘エリーへの贖罪の気持ちを持って引き籠って暮らす日々。
故に、歩行器無しでは歩けないほどの肥満体に・・。
◆感想
・今作は、自らの死期を悟った男の、月曜日から金曜日までの日々を室内劇で描いている。そして、何よりチャーリーの肥満体には、驚かされる。
・ストーリー展開は、ハッキリ言って難解だが、良く見ていればダーレン・アロノフスキー監督が言わんとしている事は分かる。
・アランの妹、看護師リズ(ホン・チャウ)は彼を頻繁に診察するも、与える食事は高カロリー食だし、”ニュー・ライフ”という怪しい新興宗教の宣教師は、彼を陥れようとしたエリーのSNSにより自身の救済の機会を得る。
ー この辺りは、可なりダーレン・アロノフスキー監督らしい、皮肉な展開である。-
<エリーは父チャーリーに8歳の時に捨てられた恨みを持って彼に接するが、チャーリーはエリーには只管優しい。贖罪の念があるからである。
チャーリーはエリーが8歳の時に書いた「白鯨」の”正直な気持ちを込めた”エッセーを激賞するのである。
チャーリーは、オンライン講座で初めて自分の太った姿を生徒に見せ、”正直に書け!”と言う言葉を残して、パソコンを壊す。
そして、彼は娘エリーに向かって(以前は歩くことが出来なかった。)涙を流しながら、一歩、又一歩と歩んでいくのである。
ラスト、彼の足が浮いて光り輝く空に舞い上がり、彼は且つての妻と娘がいる海岸で、新たなる一歩を踏み出すシーンは印象的である。
彼の願った贖罪が叶ったシーンであろう。>
あー、なるほど!
そっちでしたかー。
いやぁ、たしかにスノッブとか、意識的にアカデミックな話にしたがる、という指摘を受ける事はあるんですよ。
私自身はまったくそんなつもりはなく、極めて自然体でフーコーだろうがマクドナルドのフレンチフライとコーラの話だろうがおんなじ感覚で話してるんですけどね(苦笑)
でも、こうやってきちんと言って下さる方はNOBUさんで2人目ですよ
1人目はウチの会社の会長。やっぱり誤解されているなぁと感じたものですが。でも上司が声に出してくれた理由は「物言わぬ多数の声」の存在があった為でしょうね。
知らず知らずのうちにそういう風に見られがちだと自分で意識しておく事は大事なので、ご指摘ありがとうございます。
自分では知識を披露しているつもりは微塵もなく極めて自然体なのが厄介です。
NOBUさんは友誼からの発言で嬉しく思いますが、悪意のある声は私の知らないところで拡散し私自身とまるでかけ離れた虚像を作り出しますからね。気をつけていきたいと思います。
NOBUさんの誤解が解けて本当に良かった♪
ドライブ日和になるといいですね。
どうぞご安全に!
行ってらっしゃいませー
もちろん誤解など致しませんからご安心下さい。
NOBUさんがチャーリーに対してそういう感情を抱く人間だとは微塵も思いません。
それはこれまでのNOBUさんとのやりとりを通して、いくらかなりともNOBUさんの人となりの片鱗くらいは存じているつもりだからです。
実際、複数のレビューにチャーリーをろくでなしのくだらない人間だとの断ずる酷評が散見されますでしょう?具体的な誰かという事ではなくてそういう意見に対し「本作は違った見方も出来るんだけどなぁ」と呟きたかったまでです。
一夫多妻を容認しているコメントなわけではなく、あくまでも「事実」を例にあげて
「自分が正義だと信じているものも、時と場所が変われば180度違ってしまうかもしれませんよ?」
と言いたいだけです。
私の表現が未熟だったかもしれませんが、意図を汲み取って頂けたなら幸いです。
いやぁ、怒りませんよ(笑)
忌憚のないご意見ありがとうございます。
NOBUさんにそういう解釈の誤解を招くからには私の文章が拙いのでしょうね。
問題の一文ですが
「それが「癒し」のうちは構わないが「逃避」になった時、人はチャーリーの容姿を非難したり嘲笑ったり侮蔑する事は出来ないと思うのだ。」
ですね。
ここで私が否定しているのは「逃避」ではありません。
逃避するのは全然構わないんです。むしろ逃避するケースは多いと思うし、私自身も映画に逃避することはあります。
否定的に書いている箇所は
「チャーリーの容姿を非難したり嘲笑ったり侮蔑する事は出来ない」です。
「貴方も何かに逃避することはあるでしょう?
それならチャーリーを非難や蔑視することは出来るのでしょうか?」
という意図ですね。
いかがでしょうか。
もちろん、それすらも傲慢だとお感じになるならば仕方ないですが。
あ、瑣末な箇所ですが、エリーのエッセイは第8学年(日本の中学2年生ですね)の時のものかと^_^
エリーの知らんところでメアリーからチャーリーに渡ったはずです。
お待たせ致しましたー。
いやぁ、NOBUさんが読みたいと仰って下さらなかったらレビューを1部と2部に分けて2部には仮面ライダー(2016年作品)との対比を書いていたかも(笑)
仮面ライダーより先にこちらのレビューをしたためた為、テイストが合わないなーと思って第2部を書くのは思いとどまる事が出来ました。
感謝致します(笑)