「この世は舞台、人はみな役者。 ティルダ様の麗わしさを愛でよ❤️」ヒューマン・ボイス たなかなかなかさんの映画レビュー(感想・評価)
この世は舞台、人はみな役者。 ティルダ様の麗わしさを愛でよ❤️
とある女優の愁嘆場を、「電話」というモチーフを用い、ほぼ一人芝居という形式で描き出した短編映画。
監督/脚本は『オール・アバウト・マイ・マザー』『私が、生きる肌』の、巨匠ペドロ・アルモドバル。
主人公の女優を演じるのは『ナルニア国物語』シリーズや『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』の、レジェンド女優ティルダ・スウィントン。
「芸術のデパート」とも称される20世紀最大のアーティストのひとり、ジョン・コクトーによる戯曲「La Voix humaine」(1930)が原作。それで監督が世界中の映画賞を総なめにしたスペインの巨匠アルモドバルで、主演がティルダ様って…こんなん絶対難しいヤツやん…と、うんざりしながらも重い腰を上げて鑑賞してみたのだが、あら意外にもさっぱりとした作品でとっても観やすかった。
コクトーは原作となった戯曲を執筆した動機について「あんたの作品は演出家や脚本家が主導権を握り過ぎていて、私たち女優が存分に力を発揮出来ない!」というクレームを受けた事がその一因であると語っている。それで一人芝居を書き上げるというのはなかなか極端な気もするが、とにかくこの戯曲は演じる女優の能力を最大限にまで引き出す事が目的のものであり、それを翻案した本作もまた、その目的を果たすことを第一義としている。主役を演じるティルダ様の圧巻の演技、それこそが最大の見どころであるのは間違いない。
彼女の熱演を30分間じっくりと堪能させていただく。身も蓋もない事を言えばただそれだけの映画なのだが、そのシンプルさこそが本作を本作たらしめている。
ティルダ様が弄っているDVDはPTAの『ファントム・スレッド』(2017)。確かに本作を彩る衣装の数々はこの映画に通じるところがある。
まあとにかく嫌味なくらいファッショナブルな作品であり、僅か30分の短編で、主役が7回くらいお色直しをする。しかもその衣装は赤いドレスから青いスーツ、コーデュロイのセットアップから革ジャンまで、バラエティに富んでおりひたすらに華やか。それがパステルグリーンの壁紙や原色を用いた家具、そして毒々しいまでに鮮やかな赤/白/黄の睡眠薬と混ざり合う事により、暴力的とも言えるほどのオシャレな映像が生み出されている。この色彩の豊かさこそ、舞台では表現出来ない映画ならではの強みなのかも知れない。
本作が制作されたのはコロナ禍の真っ只中。それを踏まえると、電話による別れ話というのはコロナによる人と人との空間的隔絶とそれによるディスコミュニケーションを比喩的に表現しているようにも見える。女優が撮影所に設営されたセットで生活しているという、ちょっと『シン・エヴァンゲリオン』(2020)を彷彿とさせる不思議な演出も、コロナのアレゴリーとして受け取る事が出来なくもない。まぁそれらは偶々だとは思うのだが、100年近く前の戯曲が現代の社会情勢を映す鏡の役割を果たしたという事実は興味深い。やはり名作は時代を越えるのだ。
原作の舞台は完全に未見なのだが、後にフランシス・プーランクが翻案したオペラ版(1959)はYouTubeにUPされていたので、ちらっとだけ鑑賞してみた。
それから察するに、住まいを燃やして撮影所を後にするという本作のエンディングは完全に映画オリジナルのアイデアの様である。多分オリジナル版では、主人公が結局服毒自殺してしまうというのがオチ。女優を恋に破れたただのメンヘラではなく、過激な手段を用いてそこから立ち直ろうとする凄みのある人物として描き直している点に、古典を現代的にアップデートしようとする意気込み、そして何より監督の優しさが感じられる。この後、彼女はDVDコレクションの中にあった『キル・ビル』(2003-2004)の様に、苛烈な復讐へと旅立つのであろう…。
主人公が撮影所から立ち去る=実際に映画が終わる、というメタ的な演出もオシャレ。一から十まで抜かりがないですな。
30分とは思えぬ、見応えのある作品だった。ただ、なぜそうしたのかわからなかった点も幾つかある訳で、例えばティルダ様(+犬)以外の役者を登場させた理由。ティルダ様に完全な一人芝居をさせた方が映画としてのインパクトはあったと思うんだけど。
ちなみに、あのホームセンターの店員は監督の実弟でもある、プロデューサーのアグスティン・アルモドバル。実は弟が映画に出たかっただけだったりして?
あと、ティルダ様の延々とした独白の途中で、何故カットを割ってしまったのだろう?彼女くらいの大女優ならあのくらいのセリフ量を覚えるのは訳ない事なんだろうし、ワンカットでぐーっと映し続けるという選択もありなんじゃないかな、と素人ながらに思ってしまった。まぁ別に長回ししなければならない理由なんてひとつも無いんだけどね。
