劇場公開日 2022年11月3日

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「スペイン巨匠監督が紡ぐ"現実から目を背ける女"が死者と対話する映画」ヒューマン・ボイス O次郎(平日はサラリーマン、休日はアマチュア劇団員)さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0スペイン巨匠監督が紡ぐ"現実から目を背ける女"が死者と対話する映画

2022年11月22日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 同じペドロ・アルモドバル監督最新作『パラレル・マザーズ』と同時公開の本作。かたや恋人との別離後の僅か四日間でそれまでの四年間の甘い日々と比べ物にならないほどの怨嗟を溜め込んだ女性の魂の恨み節、もう一本は我が子と親友の子との産院での取り違えを悟った女性が真実を打ち明けるか悩み苦しむ姿に"過去の独裁政権の積弊を忘れるべからず"という政治批判の意思を託した社会派作品。同じ監督の手による作品ながら全く情緒の違う作品に仕上がっています。
 奇しくも、現実を受け入れることを全力で拒絶する女性の、そして現実に苦悩しながらもそれを受け止める覚悟を示す女性の、それぞれコントラストの利いた2本になっているところが面白いところです。
 "芸術のデパート"ことジャン=コクトーが1930年に発表した戯曲『 La Voix humaine(人間の声)』をアルモドバル監督が現代風にアレンジした30分の短編映画。
 主演のティルダ=スウィントンのほぼ一人芝居で、監督初の英語作品とのことでございます。
 原作は、5年間付き合っていた恋人から他の女性と結婚するために別れを告げられた女が彼からの電話を受けて疑い・絶望・愛の告白・非難を浴びせたうえ、電話のコードを首に巻き付けて自ら命を絶つ…というもの。
 その原作の余情に囚われた展開に比べ、本作では未練のみならずその裏返しの憎悪すらも吐き出し切って一切の余韻を残さずに別の人間に人為的に転生しようかというぐらいの狂気的な意気込みを感じます。
 別れた恋人の表象としてはただ電話口だけですが、それに対して彼女は言葉を尽くすのみならず斧(過去三日間唯一の外出の証)を彼の残したスーツに振り下ろし、全身全霊で己から彼の成分をデトックスしようとしているかのようです。
 あるいはそれだけ吐き出し続けてもなお元恋人に囚われている自らの身を恥じて業火に晒そうとしたのでしょうか...。

O次郎(平日はサラリーマン、休日はアマチュア劇団員)