帰らない日曜日のレビュー・感想・評価
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文学的であり詩的な作品。遠い日の思い出は淡く切ない…。
小説が原作ということで、文学的であり、詩的な作品と言える。
孤児院で育った女性が、メイドとなり、小説家として自立していく。
秘められた恋の思い出は淡く切ない。あまり描かれてはいないが、彼女はその思い出を振り払うように、そして追い求めるかのように、小説を書き続けたのかもしれない。
夢の中を彷徨うような描き方でもあり、多少、イメージにかたよりすぎている感もある。登場人物は少なく、人物の背景も描かれず、断片的に記憶をつなぎ合わせたような構成になる。
見ごたえよりも、感覚で観る映画かもしれない。
ぜひ、劇場でお確かめください。
秘密の恋、切ない恋、を感じさせる予告だったのに、本編はグッとこない...
秘密の恋、切ない恋、を感じさせる予告だったのに、本編はグッとこない仕上がりだった。
エロの描き方も中途半端で、彼女にとっての通過点にしか見えない。
情事の後のエグさだけが目に障る。
どうせ裸になるなら、勿体ぶったエロさを見たかった。
無から生き抜く力
主人公のメイド・ジェーンの全てを変えたあの一日…あの日から物語は始まる
ジェーンが奉公する屋敷の夫婦をはじめ上流階級の家族達は戦争で愛する者を失い皆々が哀しみや痛手、喪失から立ち直れないでいる…
メイドと上流階級の子息の恋…
よくある物語ではあるが「持つ」哀しみと「持たない」得…初めから何も無いジェーンの強靭で冷静な生き方…
図書室を裸で歩き本を撫でる若き日のジェーンが
小説家と言う生業を見出せた事も強運への繋がり…かも
ジェーンが奉公する屋敷の夫婦…オリビア・コールマンとその夫コリン・ファース
生きる意味を失った悲痛な演技が若手の2人を更に盛り上げている!
不思議な作品。今年度ベスト級。
これは観た人の受け入れ方で、良くも悪くもなる作品って感じ。
自分は後者寄りな感じだけど、映像は自分好みで良かった。
孤児院で育ちコリン・ファースさん演じるニヴン家でメイドとして雇われるジェーン。
コリン・ファースさん。英国紳士の姿がお似合い。
年に一度の母の日にだけメイドは里帰りが許される。
その日、両親のいないジェーンは恋人のポールの家で密かに愛し合う展開。
切ない禁断のラブストーリーかと思いきや、そこから予想外な展開に。
その日を境にジェーンの人生が変わって行く感じ。
後半はポジティブになれる展開が良かった。
前情報は一切無かったので、そういうストーリだったと納得。
イギリスの風景が美しい。
ジェーン(オデッサ・ヤング)の姿も美しい(笑)
そして20才~オバサンまでを演じてるけどメイクが上手いのか違和感が無い(汗)
他人の家を一人、全裸で物色するジェーンが印象的。
ジェーンが疫病神の様に見えてしまったけど、彼女にとってはあの日が良い思い出となって良かったです( ´∀`)
着心地の良い肌着のように心に馴染む作品
作品の空気がとても心地良かったです。
過剰さや押し付けが無いのに印象的なシーンが多く
自然と感情に染み込む幾つもの美しい風景。
想像の余白も。
多くを語らないけれど深い優しさが滲む
コリン・ファース演じる旦那様。
全てを知っていてジェーンの為に…?
そしてポールの選択も…。
余談ですがボカシを入れなかったのも
作品の魅力を損なわない、美しさを穢さない
懸命な判断だったと思います。
Goodbye, Jane.
この言葉を笑顔で言うポールに気持ちがさらわれました。彼はジェーンにもう会わないと決めてる。
ポールのちょっとはにかんだような笑顔がイギリスのいいところのボンボンで可愛いなあと思いました。仲良かった兄二人を戦争で失った。幼なじみも戦死した。別の上流家庭のお嬢さんと結婚することに決まっているポール。誰も当事者の気持ちを尋ねないし当事者自身も何も言わない、夫婦間でもコミュニケーション不全の時代。言葉少なく表情と眼差しで演技するコリン・ファース素晴らしい。
イギリスの美学、やせ我慢。一方でプラグマティックなイギリス:彼女が妊娠しないようにする、自転車をガンガン乗りまわすメイド達。
ポールは家族勢揃いの屋外ランチに法律の勉強を言い訳に遅刻して行く。ジェーンと愛し合ったあと、裸状態から服を着ていくのを裸のジェーンが寝そべって眺めている場面がいい。ポールが下着、服を身に付けていく順番はジェーンの頭にきっちり刻まれる。その前、ポールが法律でなくてジェーンをstudyするシーンもいい。まずひざまずいて彼女の靴をぬがすところから始まる。すべてが丁寧でゆっくり。
寒くて嵐や雨が多くて曇天が多いイギリスで唯一美しい季節は4月から6月だと読んだことがある。その4月が始まる直前の3月30日に"Goodbye, Jane."と告げたポールはジェーンに最高のギフトを渡した。彼女に何でも言えたポール。家族が戻るのは4時だからゆっくりと過ごしていって、片付けはしなくていいから、お腹がすいたらキッチンにあるから食べてねと言って。その思いはニヴン家の妻(オリビア・コールマン、適役)の思いにも重なっていた。持てる者は絶望し美にとどまり、持たざる者は希望と猥雑の世界へ。
よりによってPaulの"p"が打てなくなっていた中古のタイプライターから始まった彼女の作家人生は、馬の4本目の脚は「私ね、ポール」と最後に言えたことできれいに輪が閉じた。
衣装、インテリア、先祖の肖像画、イギリス的壁紙、白いベッドリネン、鏡と電話の役割。革表紙の本が壁を埋め尽くす図書室。外に出れば美しい緑と日の光と水。映像も音楽も極上でした。吉田健一がこの映画を見たら原作を読んだら何て言っただろう。イアン・マキューアン原作の映画『つぐない』も思い出した。
おまけ
ジェーンのような孤児院育ちの子の姓がフェアチャイルドというのにはズシンと来た。イタリアでも姓が、神とか子どもの幸せを願うような意味のものだと祖先が捨て子で拾ってくれた教会などで名付けられたからと聞いたことがある。ポールは兄達や幼なじみとの楽しい子ども時代、馬のことなど本当に楽しそうに話していた。互いに色んなことを話せた二人だったんだ。この映画、本当にあとをひきます。英国でのノブレス・オブリージュ強化はネルソン提督から?素敵でかっこよくもあるが悲しい。親からしたら堪らない。
画面いっぱいに広がる美しい絵画とエロス
小説家・グレアム・スウィフトの「マザリング・サンデー」を映画化、メイドから小説家になったジェーンの半生と階級の違う相手との秘密の恋を、上品なエロスとともに紡いでいる。
本作は回想シーンがメインで、さらに時系列がバラバラとなり展開、ゆったりと流れる時間が心地よい。
光をうまく活用した画はまるで絵画を眺めているようだ。
ジェーンとポールの裸体までも一つの絵画として成り立っている。
なんといってもインテリアやファッションも華美で、1924年の上流階級の人々の暮らしも垣間見れる。
本作のテーマは結ばれることのない秘密の恋をベースに、“結婚制度”とは、戦時下での“死や別れ”といったこともテーマとして組み込まれている。
孤児院に捨てられた「生まれた時から全てを奪われたジェーンは失うものがない」という言葉にはハッとした。
何かを手に入れるというのはいつかは失うこと、生まれたら死ぬのだということを突きつけている。
【以下ネタバレ】
孤児院に捨てられたジェーンが小説家になった理由
一つ目が生まれた時
二つ目が書店で働いている時に与えられたタイプライター
そして三つ目が、ある日曜日に起こった出来事、ポールとの秘密の甘い日々がきっかけとなっている。
恋愛は時として、その人の生き方に大きな影響を与える。ジェーンが何度もタバコを吸うシーンがあるが、タバコもポールの影響、そして小説家になったきっかけもポールの屋敷の図書室から始まった。
エレガントでクラシカル、ちょっぴりエロスがスパイスとなった上質なイギリス作品だった。
ジェーンが素っ裸でパイを頬張りながらビール飲んでゲップするシーンがリアルで笑っちゃった。
コリン・ファースの存在感もさすがだ!
#41 関係性が分かりにくい
ポールがCファース役の人の息子だと思っていたので、三家族の関係がイマイチわからなかった。
◯◯家と言うのは屋号のことなの?だってポールの苗字はシェリンガムなのにアプリィ家とか呼んでるし。
婚約者がいる相手と寝てるんだからジェーンはポールのことを愛していないのかと思いきや、実はめっちゃ好きだったことが最後にわかって一安心。
もうこの世にいない人の体液を愛しむ彼女が愛しい。
20世紀前半のイギリスの人々の生活や考え方を知るにはよい素材。
とてもきれいなシーン
が続きます。
ダウントンアビーの世界。でも大きなお屋敷もメイドが出払うと無人になってしまう。
喪失、失なうくらいなら最初からいない方がいい?
そうは思わないけれど…。
原作をゆっくり読んでみたくなった。
とても良い映画
個人的には、品が良かろうが悪かろうが、ブルジョワな人たちの生活は、そのデカいお屋敷に、高級な調度品に美術品、まるで見せびらかすかのような蔵書群…そして、メイドには手は出すけれども、子どもが出来ても責任は一切取らないとか…その生活ぶりは、一見お上品に見えても本当は"お下品"だなぁとしか思わないんだけれども、この作品で描かれるのは、そんな一見お上品でホントは"お下品"な家庭に生まれ育ちながらも、幼馴染のフィアンセではなくて、他家に仕えるメイドと恋仲になった青年(ポール)と、そのメイド(ジェーン)との官能的というか…まあ"お下品"な日々を描き、そして、突然逝ってしまった青年への未練がきっかけで作家となった元メイドの物語である。なお、この青年は、フィアンセとは一緒になりたくなかったのか、自死することでその潔癖性を保ちます。
元メイドにとっては、青年の死は悲劇であったのかも知れませんが、自立して行くきっかけを掴む事が出来ました…もし青年がフィアンセと結婚していたなら、ずるずると秘密の逢瀬を続けていたかも知れない…と思うのは、私だけでしょうか?
なお、この作品、ひとつひとつのカットがとても素敵でした。ちょっと鳥肌ものでした。
特に好きな場面は、
ポールの死を主人から聞かされた後、台所で水を飲もうとするジェーンの映し方が、かなりしびれました…髪を後ろへくくる仕草とか…そういうところが、いちいち官能的なんです(笑)
なお、裸の場面が多い作品ですが、何とも"お下品"でしたね(笑)
恋愛映画好きな方、"官能的"が好きな方は、どうぞ!笑
格差の悲劇を描いている訳ではない
孤児院育ちのメイドである主人公ジェイン・フェアチャイルドは「私もメイドの子供かもしれない」と言う。言っている相手は名家の子息であるポール・シェリンガムである。ふたりの格差はこのシーンに集約されている。
ジェインは両親の名前さえわからない根無し草だ。しかし恋の相手は家柄正しきエスタブリッシュメントである。釣り合う相手ではない。ポールは親から決められた結婚を当然として、ジェインを親友だと呼ぶ。ジェインにとっては悲恋だが、ポールにとっては楽しい思い出だ。しかしポールも単なる能天気なお坊ちゃんではない。笑顔で「グッバイ、ジェイン」と言った最期の言葉の真の意味は、誰にもわからない。
ジェインが黒人青年ドナルドに語った、作家になった三つのきっかけのうち、ふたつはジェインの口から語られる。生まれてきたこと、それにタイプライターをもらったことだ。三つ目は秘密だというと、哲学者のドナルドは完璧な答えだと感嘆する。しかし本当はドナルドも三つ目を知りたかったに違いない。
映画は格差の悲劇を描いている訳ではない。むしろ女性の自立を描いている。それが明らかになるのが、ジェインが裸でシェリンガム家を探検するシーンである。巨大な屋敷は権威の象徴である。対するジェインは何も持たない素っ裸である。つまり、ひとりの女性が、その人間力だけで世の中に対峙する様子を象徴しているのだ。ゆっくりと屋敷を見て回る裸のジェインの姿は、堂々として屋敷の威容に負けてはいない。
この体験と、時刻を同じくして起きた悲劇が、ジェインに大きな喪失感と、強い決意をもたらす。ジェインは文字を紡ぎ、心の中の穴を埋めていく。そうするしか、彼女には生きる術がなかったのだ。三つ目のきっかけはつまり、本作品そのものである。
ビバルディの「夏」が効果的に使われる。夏は若者にとって遊びの季節だ。しかし夏はいつか終わる。若者はいつの間にか若者でなくなる。だから「夏」はどこか淋しげなメロディに満ちている。「四季」は素晴らしい曲だ。最近の映画では「冬」が使われていることが多い。
ジェインの青春は辛い時代だった。燃えるような朱夏の体験は、恋の喜びと肉欲の充足をくれた。忘れ難い肉体の悦び。そして喪失。その後は、おそらく孤独で充実した白秋の時期があったに違いない。書いても書いても埋め尽くせない心の穴は、ジェインをタイプライターの前から動かさない。そしてジェインは玄冬の時季を迎えた。小説をたくさん書いた。少しは心の穴を埋められた気がする。ジェインはようやく、青春と朱夏の季節を肯定できるようになったのだ。
残念ながら、映画化は失敗だ。原作を読んだほうがいい。
朝日新聞夕刊の映画欄に、この作品が取り上げられ、観る気になった。原作はイギリスで有名な文学賞を取った小説だ。地元の公立図書館に翻訳本があったので、先ず読んでみた。
陰影に富み、繊細で良い小説だった。中篇小説なので集中すれば、半日で読めるだろう。純文学好きかつ小説家志望者なら、気に入るだろう。
映画化して成功した小説はそれほど多くない。6月から教育テレビの「100分で名著」で取り上げられる安部公房の「砂の女」は、勅使河原監督による成功例だ。原作も映画も面白い。
脚色で変更された箇所もあるが、原作の文章だと含蓄豊かな場面が映像化に失敗している。22歳と23歳の若者なのに、男性役は額のシワが目立ち、ちょっと歳を取りすぎている。それと、主人公が結婚する哲学者を黒人が演じている。今なら普通だけど、1940年代にはあり得ないと思う。
1920年代の英国上流階級が暮らす家や家具調度品、服装等を、私は具体的に想像できない。途中から、そちらの方に注目していた。原作では主人公がある事故を経て、創作活動に目覚める話だった。原作では作家のコンラッドが肝なのに、∨・ウルフに変えていた。おいおい。違うだろ!!
翻訳ではオランダ帽子を「子宮栓」と訳していた。たぶん、ペッサリーだろうなと勘ぐっていた。映像を見て確認した。
いきなり映画を見ても、この原作の良さは理解できません。是非、原作を読んでください。映画を鑑賞するか、どうかはあなたにお任せします。
芸術作品
映画を観た!!って感じです。
ストーリよりも、演出に引き込まれました。
予告で観た感じでは、もっとドロドロした禁断の恋だと思っていたのですが、全く違いました。
これは純文学ですかね?
賛否わかれそうですが、大人の映画ですね。
ただ一つだけ、どうしてもわからないことが…
ポールが着替えるシーンの全裸が全くのボカシなしでした。
個人的には、いやらしさもなく感じたので、問題なかったし、あれがボカシあった方がエロティシズムな感じがあったかもしれません。
しかし、これは映倫的には問題なかったのでしょうか?
どなたか分かる方、教えてくださいm(__)m
静かにたどる時間
1924年といえば、ジュネーヴ宣言(児童の権利に関する宣言)が国際連盟で採択された年。
第一次世界大戦で多くの若者が亡くなったと同時に、多くの民間人も犠牲になり、戦争孤児が増えたことが背景のひとつでもあります。
この映画は、子どもを亡くした親たちの喪失感と、寄る辺のない孤児が見出した光が一瞬で喪失に変わった一日とが、まったりとした時間の中で交錯して描かれます。
原作を読んでないのであくまでも推測ですが、このまったり感が、章と章を跨ぎながら、あれこれと想像しつつ味わう読書体験のように、うまく再現されていたのだと思います。
誰もいない静謐の中、ジェーンは本革製の背表紙を人肌をなぞるように優しく…
文章センスが無くて恥ずかしいのですが、そうやって実際に本を読んでいるような感覚で映画の中に入り込むことができました。
帰る場所は用意してあるのに、帰ってくる人がいない。
何かにすがれる場所を探しているのに、いつも失ってばかり。
結論めいたものを示さず、それぞれの人が抱える満たされない心を淡々と描く。まさに文学。
そんな静かな作品です。
構成だけが残念
そういう展開なのか、と正直意外に感じた
身分違いの恋がうまくいくわけのない時代のことだから、違う展開なのかと思っていた
その時のなにひとつ表に出せないジェーンのそれでも隠しきれない表情や雰囲気がむしろ苦しかった
ずっと自分だけで抱え続けるのだなと分かった時、その決意が、むしろ苦しかった
心に秘めたその想いがどれだけのものか伝わってくるから
そして、R15指定なので、とは思っていたけれど、そこまでですかと驚かされた
ただ、そこに不思議といやらしさやいやな感じはなく、とても自然に流れていく感じがすごいなと思った
ただひとつ、時間軸がいったりきたりする構成が、私には少し違和感を覚える形になっていて、そこだけ残念に思った
ゆっくりめくるページは寡黙で密かな愉しみ。
田園風景の美しさと共にそのゆったりとした時の流れまでも伝わる映像。
作品のペースや波長に合った時、のみ込まれた時、その内包する魅力を存分に味わえる。
キツネ狩で落馬して亡くなったアンソニーを思い出した。(キャンディ・キャンディ)
イギリス女子の裸を観る映画。
予告編で裸の女子の後ろ姿があったので、どのタイミングだろうと思っていたら、何十分も素っ裸でボカシもなし!相手のポールなんてポール全見せだ。ビックリだわ。
第一次世界大戦後、メイドをしているジェーンが主人公。ある日、お世話になっている夫婦が仲良しの2家族とピクニックに出かける事になり、その日彼女はお休みになる。で、何をするのかと思ったら、その2家族の1つのウチに行って、もう1つの家族の娘と結構する予定のポールとヤリまくり。ずっと素っ裸なのよ。途中から裸が衣装に見えて来たくらいだ。
裸だけが印象に残っちゃって、内容がイマイチ入ってこなかった。皆んな同じ俳優さんで、過去と現在をやってるんで、ちょっと混乱。ん?キーワードをメモしてる?もしかして、この話、執筆中の小説を映像化してるだけ?で、途中からジェーンが小説家になって黒人の婚約者といる事が分かる。最後はカリスマ小説家婆さんだ。
自分、このエロ悲劇がフィクションだったのか、実体験の小説化だったのか、判断できずモヤモヤ。しっかり伏線回収して欲しかったです。
英国メイドの裏事情/避妊ペッサリー物語
1924年の英国が舞台。上流階級のニブン家のお屋敷に勤める孤児院出身のメイドさんが長じて小説家になり、メイド時代を回想するストーリー。近世の階級社会をまだ色濃く残していた第一次世界大戦直後のイギリス。大多数の若い女性がメイドとして働いていたらしいことがうかがえます。マザーリング・サンデーとは使用人達が年に一回、半日だけ実家の親の元に帰れる休暇。母の日ですかね。えぇーっ、たった半日?と思いますよね。半日じゃ、行って帰ってこられない人もいっぱいいたでしょう。私の好きな落語の「藪入り」だって丸々1日は貰えるのにねって思いました。しかし、帰る家のないジェーン。
その超貴重な半日を別のお屋敷の御曹司との逢い引きに使う賢いメイドの隠密行動は私でも容易に理解できます。彼女が勤めるニブン家の旦那様は英国きっての紳士俳優コリン・ファース(英国王のスピーチ)。上流階級出身。奥様役はオリビア・コールマン(女王陛下のお気に入り、ファーザー)。長男、次男は戦死してしまい、今は夫婦二人だけ。
長兄二人が戦死して、ひとり残った三男坊を演ずるのはゴッズオウンカントリーで羊飼いの青年役のジョシュ・オコナー。弁護士を目指して勉強しているフリ。まだあどけなさの残る青年役。自分ちのメイドと街角で話していた新米メイドのジェーン・フェアチャイルド(オデッサ・ヤング)を街中で見かけ、即ナンパ。
もう子供はひとりだけになったシューリンガン家とホブディ家。お家断絶の危機。近隣の仲のよい親同士が結婚を前提に家族ぐるみのお付き合いをサポートするためのピクニックランチの日がまさにマザーリングサンデーだった。オデッサ・ヤング。はじめての関係でシーツに付いた破瓜の血が混じったお汁を嬉しそうに自分で洗います。ジョシューオコナーも悪びれた感じは微塵もありません。ヨーロッパのメイドとご主人様の間ではよくあることのようでもあります。コリン・ファースがジェーンを連れ、シューリンガン家の豪邸に向かい、現場検証しょうとするシーンは、自分にも昔経験があり、だいたい予想はできるけれども、自分のところのメイドが引き起こしたかもしれない両家の婚約消滅を静かに責めるようなシーンでもあったと思いますが、複雑な心境の演技が素晴らしかった。さすがオスカー俳優。出かける前にジェーンが水を飲んでからと言って、台所に戻り、水道で顔を洗いながらひとしきり泣いたあと、片足を椅子にあげ、月経カップのような形状のものに付いたものの臭いを嗅ぐシーンがとても気になって、眠気がぶっ飛びました。あの時代にあんな避妊具があったのか? 調べるとすぐ見っかりました。1910年から1930年ぐらいまでイギリスで使用されたゴム製の避妊用ペッサリー。当時はコンドームのようなものはまだ全然主流ではなかったようです。避妊具より性病予防の品物。男尊女卑の封建性が避妊具の歴史にも反映されていると感じたわけでございます。
私はメイド喫茶に行きたいと思ったことはありませんが、オデッサ・ヤングのメイド姿にはちょっと萌えました。それとは全く関係ありませんが、ちっともやらしくない中世の宗教画のようなエレガントな裸体。たくさんの蔵書の棚と裸のおしりのコントラスト。ジョシュ・オコナーの長いポール牧は私には別に~でしたが、鏡に写った彼の幻にははっとしました。彼が出て言った後のジェーンの書斎をうろつくシーンは自由そのもので、生まれた時、タイプライターをプレゼントされた時に次ぐ3つ目の体験としても見事な映像表現でした。私の好きな湖のシーンもありました。私は裸の湖のシーンがある映画が好きなんですw
ジェーンの10代から40才ぐらいを通して、とても自然な新星オデッサ・ヤングの起用は大当たり🎯
オリビア・コールマンの息子を失って呆然としたまま、両家の婚約を心から喜べない複雑な心境の母親の表情やジェーンに言ったあの言葉もすごく刺さりました。
ジェーン自身の産みの親ももしかして、ご主人様の子を身籠ったメイドだったかもしれません。母親のときには避妊具はなかったから。ポールの種はジェーンの畑に蒔かれて芽を出すことはありませんでした。しかし、ジェーンは物語という花を代わりに咲かせました。それを多くの人が時代を越えて反復体験することができます。芸術って素晴らしいです。
私のレビューも花を咲かせることはないにせよ、おこがましくも生きた証のひとつになればと思う昨今です。
風景や人物、衣装などの映像が美しく、重厚感のある映画でした。前半、ちょっと眠くなりましたが。渋谷のBunkamuraやイメージフォーラムで上映しておらないのがちょっと不思議な感じ。ジョシュ・オコナーの○○○がみられるのにね。
でも、付き合う男性がことごとく死んでしまうのは、魔性の女の証なんでしょうか?藤あや子みたいに。
邦題も伏線?
主人公がメイドとして仕えるニヴン家、主人公の身分違いの恋愛相手のシェリンガム家、その彼の婚約者のボブデイ家の3家族は屋敷同士はかなり離れているが昔から家族ぐるみの付き合いで今年の母の日も川辺でピクニック。それはシェリンガム家の息子とボブデイ家の娘の婚約披露の場でもあった。ニヴン家の夫は場の盛り上げ役なのに対して妻の不機嫌なこと。
シェリンガム家の息子は孤児の主人公にお金や本をあげると言うが断られ「3人分の相続があるんだから使わせてよ」と言う。彼は三男坊で上の2人は戦死しており
彼の婚約者はニヴン家の亡き息子の元恋人だった。
身分違いの恋か。しかも愛し合っていない者同士が結婚して、下の身分の彼女の方に気持ちが残ったままの暗い結婚生活、とは嫌な感じやな。
と思ったら。
ピクニックに途中参加する彼を見送った後全裸で屋敷内を探検し玄関の蘭を1輪摘んで、電話のベルをきっかけにニヴン家に戻った主人公を待ち受ける悲報。しまった胸元から出てきた蘭に、胸が詰まる。屋敷の探検中に背後にポールがいる気がして振り向いたのは、虫の知らせだったのか。
その後書店の店員の仕事を見つけてニヴン家を去り、客からもらったタイプライターで作家を志す。文学好きの恋人と婚約し幸せな時を送っていたが彼が脳の病に。思い出を残してまたもや愛する人が去ってしまう。
更に時が過ぎ、いくつも文学賞を取る作家になった。自宅に詰め掛ける報道陣に辛口で答える主人公。向こうにメイド時代の自分が見える。
原作があるだけあって、ストーリーは若者のロマンスだけでなく何層にも重なっている。冒頭の「昔々、若い男性が戦死する時代」とはそういうことだったのだ。
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