劇場公開日 2022年4月9日

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「美術史のビッグバン」見えるもの、その先に ヒルマ・アフ・クリントの世界 きりんさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0 美術史のビッグバン

2022年8月1日
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鑑賞方法:映画館

カンディンスキー、
モンドリアン、
そして今回の「ヒルマ・アフ・クリント」。
同じ1944年にこの世を去った抽象画界の偉人たち。

順を追って語れば
・カンディンスキーは、僕は若い頃に目黒の庭園美術館で出会って大興奮。で、NYのグッゲンハイムまで追っかけて行った画家。
・モンドリアンは、昨年東京で初対面。風景画からスクエアに変遷していく彼の作品も愉快なんだが、本人のポートレートがまた可笑しくって絵よりも彼の写真を撮ってしまった。
(撮影不可だったらしく怒られてしまった)。

でも「ヒルマ・アフ・クリント」という画家・・
この人は知らなかったなー!!
カンディンスキーに影響を与えた抽象画界の初穂。
遺言により死後20年、全作品が秘匿されていたというのだ。
心のままに、心のかたちを描いていますね。
風景画からは離れている。

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ドキュメンタリー作品として、また美術系娯楽作品として、これ程完成された素晴らしい出来のものを見たことはない。
発掘されて、映画化までまだそれほど時が経っていないというのに、膨大な作品と手記が、要所要所で適切に選び取られて、証言者の語りとイメージ画像に補完されて そうしてヒルマの全貌が甦っていくさま。ヒルマの人となりが立ち上がっていくさま・・

◆監督自身のヒルマ研究と理解力の確かさ、
◆ヒルマ作品の原風景に気付いたカメラマンの腕とセンスの良さ、
色調補正が抜群、
◆そしてここ重要=編集者の力量。
製作者たちの実力はちょっと尋常ではない。

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スウェーデンの美しい自然の中で暮らした彼女。
海軍士官にして海図技師であった父親から可愛がられ、たくさんの学問をその父から授かり、ヨーロッパ各地を旅して美術界のレジェンドたちに直に触れていたという彼女。
細々と絵の仕事は続けていながらも、ある日なぜか突然に【ビッグバン】は起こり、ヒルマはあり得ない巨大な抽象画を描き始めたのだ。

かつて印象派やフォービズムが始まった時代、画壇・美術界は”異端児“の登場に大騒ぎに揺れたけれど、時を経て、ようやく世の中は彼らの作風に慣れていき新しい時代を受容していったように、
きっと遺言の封印を破って、ついに美術界にプレゼンされたヒルマも必ずや、「女だてらに」という誹謗中傷を黙らせるだろうし、いつか遅ればせながらも、世界が彼女に追いついて歴史にヒルマの名を留めるのだと思った。

無名の女流画家ヒルマの作品展示に腰の重かった専門家たち=美術館館長を尻目に、100万人が個展に押しかけた事実は、最早なかったことには出来ないだろう。
学芸員、美術史家、コレクター、子孫たち・・、作中で何人もの女たちがヒルマについて語る。
そのインタビューが、中身が、熱量がとても濃い。
封印され 抑制され、そして存在しないものとされてきた女たちが“同志”を語る光景だ。

女だけではない、
男たち=美術家と宇宙物理学者も、ヒルマという事件を俯瞰し力説していた
・・【世界で最初の抽象画家が「ヒルマ・アフ・クリント」であった】と判明した今、
同じく「新事実」を発見して足元の地面がなくなってしまったような衝撃を味わい、そしてそれを受け入れたと語ったかのA・アインシュタインのように、それまでの歴史と通説と年表が書き換えられる【事件】は、この世には有るのだと。

ジェンダーレス運動にとらわれて、”女ゆえ女の画家に肩入れして同性を担ぎ上げる”というのでは、ヒルマもインタビューの彼女たちも本意ではないはず。
が しかし作品の歴史的意味が無視され、口を閉ざすことを強いられて、公にされる機会を失っていたひとりの画家の封印を世は解くべきだと、性差別撤廃の観点からも、このドキュメンタリー作品は訴えている。

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僕の母は絵描きだった。
「おまえは自由に生きなさい」と陸の孤島だった田舎町から、母親(=僕の祖母)の手引きで実家を脱出した人。
女子大に行くのならば許すと父親の許可を得、すぐに隠れ蓑の女子大を退学して本来の希望であった女子美術大学に行った人だ。
ヒルマのように母は男性ヌードモデルをデッサンし、女子美で赤松俊子(丸木俊)の指導を受け、三岸節子の影響も受けた。

女であること。
女だてらに絵描きであること。
初志貫徹の道は険しかったはずだ。

男性社会の桎梏の中で、壮大な宇宙の原理を仰ぎ、自分の中の原子の振動とも交信しながら、ヒルマは20世紀のダ・ビンチのように先駆者としての荒波を進んだのだと思う。羅針盤を掴んで船出したのだと思う。

しかしホント、映画館の大きなスクリーンで観る絵はいいねぇ。



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【きょうの東座】
《どっこい女も生きてるぜ》と、東座の支配人合木こずえさんは、女ががっつり活躍をするいい映画を目白押しにかけてくれる。
塩尻市の東座は、雨漏りしないように劇場の屋根を大改修する工事をやり遂げたばかりなんです。
すごいよね、今どき。

(映画にも出てきたワードですが)
閉館ではなくて【前進】なんですよ。

先週映画館で行われた、僕は参加できなかった講演会
「『ヒルマ』と『ボテロ』」のレジュメ=14枚綴りを合木さんから手渡されて帰りました、
秋には「痛くない死に方」の長尾和宏ドクターの講演会も東座であります。

前進してますよね。
僕も前進したいと思います。

·
【追記】
ヒルマ・アフ・クリント展
2025年3月4日〜6月15日
東京国立近代美術館
開催決定

きりん
Sakikoさんのコメント
2025年5月10日

きりんさん、早速ヒルマ展、行ってきました。開館と同時に入ったので、人も少なく、ゆっくり鑑賞できました。色使いと、丁寧な描写を目の当たりにして、ヒルマの精神世界はなんと豊潤だったのだろうと感動しました。生で観られて良かった!情報を教えてくださったきりんさんに感謝です。ありがとうございました。

Sakiko
osincoさんのコメント
2025年5月6日

きりんさんご本人と会えてたらドラマティックでしたね!
「火だるま槐多」のレビューも興味深く拝見しました✨
洞察力とライティング力すごい!

osinco
Sakikoさんのコメント
2025年5月6日

きりんさん、美術館情報、ありがとうございます。絶対行きます、すぐにでも行きます、明日にでも行こうかと思ったら、明日は休館日でした💦

Sakiko
osincoさんのコメント
2025年5月6日

ようやくヒルマ展行ってきました!
《10の最大のもの》素晴らしかったです!
きりんさんのレビューの通り、観客のシルエットと重なる場がとても良かったです。
彼女が自分の絵の使い所に葛藤しながら亡くなっていたことを知って、目に見えないもの、分かりにくいものが受け入れられにくいのは今も同じだな、と少し切なくなりました。

ふと気付いたのですが、1900年代初頭には、”エソテリック・ヒーリング“を自動書記で著作したアリス・ベイリーや、占星術の“サビアンシンボル”をチャネリング"によって生み出したとされるエルシー・ウィーラーという女性もいます。
20世紀初頭のスピリチュアリズムの波と、「高次の知識」を受け取る女性たちの存在の共通点を見つけて、またワクワクしてしまいました(笑)

osinco
きりんさんのコメント
2025年4月5日

「火だるま槐多よ」のレビューの中でもヒルマについて少し触れました。
― ヒルマの絵の前で観客たちに起こった《ある行動》について。

きりん
osincoさんのコメント
2025年3月16日

な、な、な、なんと!
素晴らしい現物レビュー✨
私も4月に行く予定です!行く前にまた一読させていただきます!

osinco
きりんさんのコメント
2025年3月16日

東京国立近代美術館で現物を観賞した。
やはり圧巻は連作《10の最大のもの》。
3メートル超の巨大な絵が美術館中央の1本の柱に巡らされている。
その絵を囲んで観賞者たちが歩く回廊があり、さらにその外側には背後の壁に這わせて全面に木製のベンチがしつらえてある。
薄暗い部屋で10枚の絵は照明に浮かんでおり、まるで裏側から光を当てられているかのようにパステルカラーの投射の光で観ている僕たちを包み込む。

絵も素晴らしいが、その絵の前を通る人々の黒いシルエットがまた良くって、
まるで「カーバ神殿」を回る巡礼者の渦に見えてくるから神秘的な光景だ。
これこそがヒルマが望んだ宇宙の波動との出会いなのだろう。

ヒルマは螺旋状の神殿の建設に手を付けられずに没したのだが、螺旋状のNYグッゲンハイム美術館での展示は、彼女の夢を叶えた企画だったのだろうと思う。

彼女の抽象画には、たくさんの動物や植物。そして野菜と果実のモチーフが取り入れられているのだが、意外にも一切、「性」や「生殖」に関する図案が、暗示やデフォルメすら何処にも見られないのには不思議な気がする。花弁や雄しべ・雌しべにもセックスがまったく感じられない。
・・これは「5人の会」も全て女性だったところを見るとヒルマ・アフ・クリントは自身の動物としての「性」を遠ざけ、さらに死と肉体を離れたスピリチュアルな世界に彼女の存在すべてで没入した証左なのだと僕は見た。

6月まで開催。

きりん
osincoさんのコメント
2025年1月27日

きりんさん、コメントありがとうございます!覚えてていただいて感激です!

私も展覧会をチェックしておりました!楽しみですね〜♪

osinco
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