「ラストはあれでいいと思う」生きててよかった 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
ラストはあれでいいと思う
ロバート・デ・ニーロとクリストファー・ウォーケンが主演した映画「ディア・ハンター」を連想した。あちらは戦争とロシアン・ルーレットで、こちらは格闘技という違いはあるが、いずれも命のやり取りをしていなければ、生きている実感を感じないという話だ。
地下格闘技には、ルールの沢山ある表の格闘技では得られないカタルシスがある。悪意のこもった鬱憤を晴らすことができるのだ。コロッセオでの格闘に等しい。その後キリスト教が布教するに従って残酷な格闘技は禁止されたが、他人と命がけで戦う恐れ知らずの男たちと、戦いを見るのを楽しむ観客の構図は、世界中で連綿と続いている。
脇役陣の中には知っている俳優が何人かいたが、主役の創太と幸子の役者は初めて見た。創太役の木幡竜は、体脂肪率が5%ないだろうと思えるほど絞り込んだ身体をしている。たいしたものだが、日焼けサロンで焼いたみたいな肌の黒さは、ちょっと不自然だった。表情に乏しいのは戦うことしか頭にないからで、この演技は悪くない。不器用を絵に描いたような男だが、その分誠実さは人一倍だ。幸子はその誠実さを愛したのだろう。
幸子役の鎌滝恵利は、すごく綺麗に見えるときとちょっとブスに見えるときがあって、それはいい女優に共通する特徴だ。泣くシーンがよかった。泣くのは複数の感情が胸に迫るからで、悲しさと寂しさに愛しさが加わったときなど、人は無防備な表情で泣く。泣くときに顔が歪むのはわざと泣いているか、邪な感情が加わっているかである。ハラハラと泣けるかどうかで、その時点のその女優の力量がわかる。鎌滝恵利はなかなかいい表情で泣いていた。
誠実な男がその誠実さ故に野獣のように戦う。自分にできることは戦うことだけだ。ならば戦って、女の愛に応える。しかし愛に飢えた女は愛を与えてくれることを求める。女に必要なのは継続する日常であって、命がけの戦いではない。すれ違う愛に、安全無事な結末はない。ラストはあれでいいと思う。創太は思う存分、生きたのだ。