「線引き」コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話 レントさんの映画レビュー(感想・評価)
線引き
本作でキーマンとなる女性がいる。主人公のジョイが初めて「ジェーン」の活動に参加して車で送り届けた女性だ。彼女はこれから闇医者の中絶手術を受けるというのにあっけらかんとしていて、あれだけ中絶手術を受けることに悩んだジョイにしたら能天気なおバカさんとしか見えなかっただろう。
そしてジョイが搔爬術を身に着け初めて中絶手術をしようとしたときの相手も彼女だった。そのあまりの無頓着ぶりに施術をためらうジョイに対してリーダーのバージニアは言う。私たちは線引きはしないと。「ジェーン」の活動は中絶を必要とする女性をただ助けること、中絶の理由は問わないのだと。
確かにうかつに妊娠を繰り返す彼女の行動は無頓着で無節操に思える。そんな彼女に中絶をする権利を与えていいものかと観客も思うはず。ここに製作者の意図が垣間見える。
リベラルの人間でも口では女性の当然の権利だと言いながら、中絶する権利を無条件で認めるべきと我々、特に男たちは考えているだろうか。彼女のような無節操な女性には中絶させるべきではないと考えた時点で、女性の権利行使に対して我々自身が線引きしているのではないだろうか。
作品前半で心臓病を患い中絶を希望するジョイに対して、彼女の意思などお構いなしで中絶を認めなかった男性理事たちは自分たちの恣意的な解釈で中絶を認めるべきではないとして線引きを行った。
あの無頓着な彼女に対しては中絶を認めるべきではないという考えも同じではないだろうか。中絶の権利はすべての女性に平等に与えられるべきもの。その行使が許されるかどうか母体の安全面は抜きにして第三者が判断できるとすれば、それは結局は権利を認めてないということになる。
本作はあえて彼女のようなキャラクターを出すことで我々見る側の偽善をあぶりだそうとしたかのように思えた。
ちなみに今回の大統領選でトランプが返り咲いてしまい、アメリカの女性たちは悲しみに暮れている。もしかしたら今後アメリカ全土で中絶が禁じられるかもしれない。
「ジェーン」に再びお呼びがかかることになるなんて誰も想像できなかっただろう。
人工中絶できる権利は憲法で保障される女性の自己決定権である、そう判決したロー対ウエイド判決は覆されてしまった。
これは女性の自己決定権を否定しただけでなく、女性たちが安全な医療により中絶できる権利をも奪った。この「ジェーン」では多くの女性が中絶の施術を受けて誰一人犠牲者は出なかったという。これは奇跡に近い。
医者による合法的手術でさえ誤って亡くなる女性もいるくらい、中絶は女性にしたらリスクはつきものだ。医師免許を持たないものによる施術はさらにリスクを覚悟しなければならない。
いくら法律で中絶を禁じたところで中絶を必要とする女性がいなくなるわけではない。レイプによる望まぬ妊娠、経済的理由から出産できないなど理由は様々。法律で禁じられたら女性はリスクを承知で違法中絶するしか道はなくなるのである。
2022年の最高裁判決はそんな女性たちの権利を否定したのだ。そしてそれはトランプの公約でもあった。彼によって最高裁判事は保守派がその多くを占め、彼らはいまやトランプが犯した数多くの犯罪をも免責する勢いだ。
アメリカのこの法秩序の崩壊は今後どこまで続くのだろうか。これから四年間、アメリカの連合国である日本も戦々恐々とした日々を過ごすことになる。