「時間に追われる日本人が置き忘れてきた文化を大切にしている人々」森のムラブリ インドシナ最後の狩猟民 BONNAさんの映画レビュー(感想・評価)
時間に追われる日本人が置き忘れてきた文化を大切にしている人々
金もない、電気もない、一部の人は家もない。そんな生活を送るタイの少数民族に焦点を当てた貴重な作品。
なお、ご出演されていた言語学者の伊藤雄馬さんは、実際に10年以上も現地で暮らされているらしい。ムラブリ語の語尾が上がっていく話し方に惹かれて、この道に入られたとのこと。
観に行った日がたまたま舞台挨拶の日だったので、彼が山の中で迷子にならないように呼び笛を持たされている話とか、ムラブリ語の挨拶はわりとテキトー(「どこ行くの?」と聞かれて、行き先が間違っていても別に気にされない)という話とか、かなりレアなお話を伺うことができた。
さて、このムラブリ族だが、現在は3つのグループに分かれている。
1つは他の部族の手伝いをしながら、定住生活を送る人々。構成人数は400人ほど。
もう1つは日雇いの仕事を続けて生計を維持する人々。現在は3名ほど。昔はお年寄りの方もいたが、既に亡くなってしまったらしい。
最後にラオスの森奥に住むムラブリ。十数名ほど。基本的に定住することはなく、気ままに次から次へと渡り歩く。
この最後のグループの話がなかなか衝撃的だった。仕事もしない、金もない、あるのは時間と共に住む家族だけという彼らの生活は、1日の大半を家族と過ごすことに時間を割いている。
家族と離れるのは、食糧を調達しに行く2時間ほどのみ。あとは家族と一緒にご飯を作ったり、作ったご飯を分け合ったりして過ごす。
どちらかと言えば、個の生活よりも家族という1集団での生活を重視する彼らは、家族を蔑ろにする人間を許さない。
この映画の中で、よく町に下りていく飲んだくれの亭主がいたが、妻が三行半を突きつけた瞬間から彼の孤立が余儀なくされる。何故なら、このグループの構成員は大半が妻の親族であるためだ。
これがなかなかにシビアだった。集団で協力し合って生きていく生活スタイルで、1人群れから放り出されるということ。要するに、家族を大切にしない奴は、一人で生きて一人で死ねということなんだろう。
一見してゆるりと気ままに生活しているようでも、実は生きていくためのそれなりのルールや責任が課されているらしかった。
なんにしろ、人間という生き物はひとりでは生きていけないんだな、ということを改めて感じた。
なお、この映画の具体的な撮影場所は、現地の方々の生活を守るためにも詳細は伝えないという方向らしい。
ただ、映画パンフには彼らに会えそうな場所がなんとなく、かなり大雑把な感じの地図が載せられている。
時間に追われる日本人が、とうの昔に置き忘れてきた文化を大切にしている人々。
思い出した時に会いに行きたい。