「本当にしたいことがあるわけではない、しかし、、、。」ケイコ 目を澄ませて 文字読みさんの映画レビュー(感想・評価)
本当にしたいことがあるわけではない、しかし、、、。
2022年。三宅唱監督。生まれつき耳の聞こえない女性ボクサーの自伝を元にした映画。主人公ケイコは下町のボクシングジムに通うプロボクサー。耳は聞こえないが初戦を勝利している。ところが、心の底からボクシングをしたいわけでもないことに戸惑っているうちに、ジムの閉鎖が決まって、という話。
何がしたいのかわからないままやってみたらできてしまうことがあって、それを続けるべきかどうか悩む、という「有為の人物の自分探し」という映画ジャンルがある。一時期のマット・デイモンが体現していたもの。本作もその系譜につらなる素晴らしい作品。セピア色の懐かしい感じがよくでるフィルムも、練習中のボクシング独特のリズム感もすばらしい。
とくにすばらしいのは音響。「目を澄ませて」は観客への命令なのかと思うほど、音響を文字通り言葉でしっかり見る必要がある。映画の性質上、音響についての字幕があるが、これがともかく素晴らしい効果を発揮している。普通に映画を見ている限り、今聞いているのが「遠くの方工事をしている音が聞こえる」とか「子どもたちの声が小さく聞こえる」とは意識しないが、字幕として言語化されるのでそれがいやおうなく意識される。ボクシングの縄跳びや吐く息の音までそれと意識させられる。言語が意味を分節化していくものであることがいやというほど明らかにされる。それに対して、映像は複数の意味を同時にあいまいに共存させる。この映画は、聞き過ごしてしまう音を言語化して「目を澄ませて」見るようにと強いたうえで、同時に、言語化できない複数の意味を提示する映画なのだ。冒頭からのボクシングシーンでこのことは十分に堪能できる。