「ちょっとビターだけど、ハッピーでノスタルジックな天才の素顔に、皆恋をする」リコリス・ピザ 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
ちょっとビターだけど、ハッピーでノスタルジックな天才の素顔に、皆恋をする
ハリウッドの映画監督で50代はまだまだ中堅と言った所か。
しかし、ポール・トーマス・アンダーソン(以下PTA)にはベテランの風格がある。『ブギーナイツ』『マグノリア』の頃から“若き巨匠”と呼ばれてたっけ。
『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』からのシリアス劇で、“若き”ではなく名実と共に名匠の地位を確固に。世界三大映画祭での受賞やアカデミー賞での複数回のノミネートは、この天才の才能を示す一例に過ぎない。
その非凡さを表すのは、言うまでもなく外れナシの作品群。
常に一癖ある作品を発表し続け、近年は深淵なシリアス劇続き、待望の新作は何と! 少年少女の青春ラブストーリー。
PTA作品としては異色のジャンル。
でも、そうでもない。70年代が舞台で、生まれ故郷のLAサンフェルナンド・バレーを描く。
ユーモアやノスタルジックさも漂わせ、初期の『ブギーナイツ』『マグノリア』『パンチドランク・ラブ』を彷彿。
異色ジャンルではなく、原点回帰のPTA作品。
とは言っても、この鬼才が平凡なボーイ・ミーツ・ガールを撮る訳がない。やはり一癖あり。
映画やTVドラマで子役としても活躍している15歳の高校生男子、ゲイリー。
彼が一目惚れしたのは、たまたま学校に写真アシスタントとして来ていたアラナ。25歳。
この10歳の歳の差の恋の行方が、見る者をやきもき、いじらしく、胸かきむしる。
ゲイリーはお喋りでナンパ。会って早々、“運命”なんて言ったりして。それでも何とか食事に漕ぎ着ける。
しかし、アラナの反応は素っ気ない。年下には興味ない感じ。
アラナが興味を持ったのは、ゲイリーの仕事の芸能の世界やもっと大人地味た子役。
ゲイリーは他人のフリして電話。すると、自分と話す時は素っ気ないのに、ウキウキ声。ショックを受ける…。
アラナは別の男子を自宅の夕食に招くが、とある揉め事に…。
もう子役って歳でもなく、かと言って大人でもない。これからも役者やっていっても見通しは無い。
そこで、事業を展開するゲイリー。ウォーターベッド販売。再会したアラナにも声掛け。
突然、ゲイリーが逮捕。人違いですぐ釈放されるが、茫然自失。
アラナはゲイリーが乗せられたパトカーを走って追い掛けたり、警察署から出てきたゲイリーを本気で心配したり、何だかんだ気に掛かる。
これがきっかけでアラナはゲイリーのウォーターベッド販売を手伝い。
勿論ゲイリーはまたアラナにアプローチするが、例によってアラナの反応は…。電話アポで相手の男性に色っぽい声で話したり、ゲイリーはやきもき。
気があるんだか、無いんだか。相手の反応を見るようにからかってみたり、お互い別の相手にふらふらしたり。そんな態度取ったと思えば、また親密になったり。
どっちやねん?!…と言いたくなるが、素直になれない両人の心情が本当にいじらしい。
でも二人に共通しているのは、精一杯大人地味たり、今の自分からの脱皮。
事業なんかして、大人の男をアピールするゲイリー。何か、スーツに袖を通して、身の丈や格好がまだまだ追い付かない感じ。
そんなゲイリーとは違って、大人の女をアピールするアラナ。
しかしそんなアラナも年上の男性や大人の世界に憧れたり、政治の世界で働いたりする。
ゲイリーの子供っぽさをコケにするが、やってる事は同じ。彼女もまだまだ大人に成り切れない。
二人を取り巻く大人たちが滑稽。
ダンディーな映画俳優は、友人の映画監督と急遽炎のバイク・スタントを披露。
ウォーターベッドの発注で向かった映画プロデューサーは、傲慢破天荒。
アラナがアシスタントとして働く選挙事務所。ある時議員に呼ばれるも、あるゴシップ隠しに利用され…。
大人たちに幻滅。これが、大人の世界か…。
その中で振り回され、右往左往する僕たち、私たち。
オイルショックでウォーターベッド販売に翳りが見え、ゲイリーは性懲りもなく別事業を展開。ピンボールマシン店。
政治の仕事に携わるアラナにしてみれば、子供と一蹴。
相手にイライラしたり、当たったり、喧嘩したり…。
またまた二人はそれぞれ別の道を行く。
嗚呼、本当にいじらしい!
それを体現したのは、フレッシュな主演二人。共に映画や演技デビューで、本当に“フレッシュ”なのだ。
“ハイム”という三姉妹ロックバンド。いつもながら知らぬが、三女のアラナ・ハイムが同名のヒロインを演じる。
ゲイリー役には、クーパー・ホフマン。PTAの常連だった故フィリップ・シーモア・ホフマンの息子。このキャスティングが泣かせる。
ただの親の七光りで選ばれた訳ではあるまい。無論亡き盟友への思いもあるだろうが、しっかりとした演技力。本当に15歳?…と思うくらい、父親譲りのご立派な体型。
二人が瑞々しい好演を魅せてくれる。
ブラッドリー・クーパー、ショーン・ペン、ほんの一瞬だが常連ジョン・C・ライリーも顔を見せ、特にクーパーははっちゃけ演技を披露するが、今回ばっかりはフレッシュな二人をバックアップ。
今後の活躍も期待。
PTA作品としてはこれまでで最もマイルドで見易く受け入れ易いのでは…?
楽曲もいい。
タイトルは食べるピザとは関係ナシ。この地区などで展開していたレコード店の名称だとか。日本で言ったら、タワーレコードみたいな…?
サンフェルナンド・バレーの町並みや雰囲気も、知らぬ場所で生まれてない時代なのに郷愁誘う。
それを最もよく表したラストシークエンス。
親密になったり、喧嘩したりの繰り返し。でもやはり、お互いにとって欠けがえのない存在という事を改めて知る。
映画館の前で(上映しているのは『007』!)、ぶつかる勢いでハグ。
このハッピー感、愛らしさ!
とてもとても『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』や『ザ・マスター』や『ファントム・スレッド』と同じ監督とは思えない。
だからこそ常に見る者を唸らせる非凡さ。
いやそれより、これが天才の素顔なのかもしれない。
どうせならPTAさん、
続編作って二人が(勿論色々すったもんだあって)結ばれるまでを描いてみてはどうでしょう??