「多幸感と切なさと」リコリス・ピザ Maamiifuuさんの映画レビュー(感想・評価)
多幸感と切なさと
過去の映画へのオマージュがちりばめられていて、映画の詳しい人は納得感の強い映画らしいのだが、私にはさっぱり分からず。それでも1970年初頭のLA(サンフェルナンド・バレー)の雰囲気に浸れた(行ったことはないけれど)。燦々と降り注ぐ太陽の下で、15歳のゲイリーと25歳のアラナが出会って、惹かれ合って、お互いを求めて文字通り疾走する。とにかく二人は走る。そのシーンを観ているだけで幸せな気分になる。映画っていいな、と思う。
しかし、幸福感だけではない。LAでの生活は楽しそうだけれど、当時はベトナム戦争の時代で、人々はやけっぱちになっているようにも見える。オイルショックもやって来る。何より、アラナとゲイリーの、お互いに好き合っているけれど、生き方や精神性においては決して交わることのないのは切ない。年齢差によるものだけではない。アラナは、女性でユダヤ教徒で色々がんじがらめな中にあって、何者かになろうともがいている。ゲイリーが時流に乗りつつチャレンジするのを見守って、楽しんでもいるけれど、次第に一緒にいることに疲れてしまう。
ハイライトは、アラナが、ガス欠となった大型トラックを、エンジンブレーキだけで曲がりくねった坂道を下るくシーン。その肝っ玉! 対するゲイリーはびびって何もできないのに、難局を逃れた途端、脳天気に下ネタをかましている。アラナは、朝焼けの中、疲れた顔でその様子を見やる。そして、何かを悟り、あきらめたことが伝わってくる。
ラストシーンはハッピーで、二人が疾走するのにわくわくするけれど、それまでのシーンを観ていれば、多幸感はそんなには続かないことも分かるので切ない。
「リコリス・ピザ」はアナログ・レコード(LP)のことで、サンフェルナンド・バレーには同名のレコード屋さんがあったとのこと。映画の雰囲気を思い出しながら、ハイムの音楽を聴く。ハイムはサンフェルナンド・バレーの出身だったのだ。親密な心持ちで曲が聴くことができて、はじめて良さが分かった。