「『片っぽ』新解釈」夏へのトンネル、さよならの出口 唐揚げさんの映画レビュー(感想・評価)
『片っぽ』新解釈
なんでも欲しいものが手に入るというウラシマトンネル。
しかしその代償に時間を失う。
この不思議なトンネルの噂がある田舎町で、塔野カオルと花城あんずは自分の欲しいものを手にするべく共同戦線を結ぶ。
主題歌・挿入歌がeillという自分の好きなアーティストだったからという、半分押し活くらいの気持ちで観に行ったため、正直期待値はそこまで高くなかったのだが、そんな期待は大きく裏切られた。
この作品、もっと話題になっても良い。
いや、なるべき。
冒頭の2人の出会いのシーンからグッと掴まれた。
eillファンとしては冒頭から『片っぽ』という曲が聴けた(しかも少し物語のキーとなる曲だった)のが嬉しい。
雨が降り頻る海沿いの駅のホームには、ベンチに座るあまり見かけない顔の少女と傘を持って現れた主人公の少年の2人きり。
沈黙と雨音が、あまり良いとは言えない2人の邂逅を強く印象づける。
2人が同じ痛みを抱えて共同戦線を結ぶ。
あんな出会い方をした2人の間で、恋とも友情とも違う関係性が少しずつ、本当に少しずつ育まれていく描写が何よりも上手い。
そこで流れるのが『プレロマンス』。
ーこれが恋だとしても
これが恋じゃなくても
ふたりだけの世界がここにあれば良い
ウラシマトンネルをくぐり続け、物語は佳境に入る。
ツンデレあんずの可愛いこと。
一途に想い続けるあんずと自己犠牲の元に過去を取り戻そうとするカオル。
2人が過去と和解し、“今この瞬間”の幸せに気づいた瞬間がとても素晴らしかった。
ーふたつの傘より相合い傘
錆びついた傘、6時間のキス。
真夏のプレロマンスを超えた先に迎える初秋のロマンス。
今の季節柄とピッタリだった。
映像の美しさも見所の一つ。
ウラシマトンネルの美しくもどこか恐ろしいビジュアル。
まさに“世界を断絶している”ような異空間。
水の描写も素敵だった。
冷たい雨、海、トンネル内の水飛沫、涙、天気雨。
透明感も温度も表情も全て違う。
線路内に立ち入ったりひまわり折ったり、倫理観がややぶっ壊れてるところがちょっと気になったけど、これぞ隠れた良作。
是非さよならの出口を観に行って欲しい。
ー味気ないね
でもそれがね
ふたりの幸せ。