すずめの戸締まりのレビュー・感想・評価
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意外なつまらなさに驚愕。過度の期待は禁物。
公開初日、早朝に鑑賞。前作『天気の子』も初日の朝に観ましたが、あの時は観客がギッシリと埋まっていて、凄い人気だった記憶があります。それと比較すると、本作は意外と空席が多めでした。
忖度無しに正直な感想を言うと、自分には余り響かない、つまらない映画でした。『君の名は』や『天気の子』の大ヒット作は、自分の好みでは無かったものの、映像美や娯楽性の高さの点で、それなりに楽しめたし、世間で大ヒットした事も納得の出来る作品でした。しかし、本作に関しては、映像美は良いのだけど、内容は、うーん・・・褒めたくなる要素が思った以上に少な過ぎて、手離しで絶賛出来るような代物では無かった。観ていて色んな疑問点ばかりが頭に浮かび、なかなか映像世界に入り込めない。幾つか面白い場面もありましたが、全体にどうも受け入れられないものを感じ、また不快に感じる場面も少なからず。作り手が何を伝えたいかという、映画において重要なメッセージ性自体が余り感じられなかったのが最大の難点で、感動する事も無く、私にはダメダメ映画でした。
キャラクターに感情移入しづらく、恋愛の描き方にも薄いものを感じます。主人公「すずめ」が、すれ違った後に少し関わっただけの赤の他人「草太」をまるで昔から深い付き合いの恋人くらいのレベルで必死に追いかけていく理由が分かりづらい。
説明不足のまま、どんどん勝手に進行していって、観客を置いてけぼりにする急展開もキツいというか、脚本作りの段階で、誰か助言をする人が必要だったんでは・・・、とも感じます。心をグッとつかまれるような名場面も余り無く、2時間が普段以上に長く感じ、最後まで観続けるのに気力を必要としてしまい、観終えた後の疲れがハンパない。
各地の鍵穴を閉じて回る設定が『キングダムハーツ』のパクリだとか、ジブリ作品のパクリが多いとか、既視感あり過ぎという見方もあるようですが、もしかすると新海監督は過去の大ヒット2作品の後、期待され過ぎた重圧に押し潰されて、自分で本当に描きたいものが何なのかが、分からなくなっているのかもしれません。
映画が終了後、客席全体を観察すると、明らかに満足してなさそうな暗い表情の人が多く、疲労感が漂ってる印象。ここのサイトでは嘘みたいに褒めちぎりの絶賛レビューが多くて驚きますが、実際の現場ではかなり白けた空気が漂っていて、場外に出る際、「何か中途半端な感じだったなー」と2人で来ていた若者がボソッと静かに言う会話も聞こえてきました。今年は映画館に180回以上行きましたが、これは今年観たマイベスト映画の100位にすら入れられません。
3.11震災が題材になってる映画なのですが、ああいうリアルでデリケートな問題をこういうファンタジー要素多めの映画にして、ああいうラスト・シーンにしてしまう事自体、何だかな~と、こういう事やっちゃっていいのかなと。震災の被害に遭われた人達がこの映画を観たら、余り心地良いものではないですね。思い出したくない悲惨な過去を反復させられて、映画の内容とは全く関係の無いところで、悪い意味での感情が揺さぶられる、そっちの面の方が多くなる気がする。こういう作風には余り共感出来ない自分がいます。
親しい人にオススメ出来る映画かと言えば、これはもうオススメなんて絶対に無理。これをオススメしたら、「映像が綺麗で、キャラも可愛かったけど・・・正直微妙だった」とか言われる可能性があります。
外国人としての感想
初めて日本での映画。新海誠監督の映画はわたしの国でもすごく有名だから友達と一緒に見に行った。
君の名はや天気の子みたいな純正ラブストーリーと違って、観たあとは一緒に長い旅をした感じがした。「母はなくした」と言ったけれど具体的にわからないが、そのノート上の数字を見たはしめてわたしはわかった。この旅はただ九州から東北までではなく、生きているわたしたちや災いで命を失った人々の距離ほどの長い旅だ。この長い旅をした自分は、「わたしは生きている」という「当たり前」のことを、もう一度考え直させられた。
幸いに、最後で主人公は大事な家族と仲直りてきた、好きな人も救い出した、何回も災いを止めた、昔の自分を慰めた、そしてそのすべてのことで、自分の成長を成し遂げた、本当に素晴らしい結局だと思う。画面もいつも通り美しい、音楽も素敵、ストリートも好みのタイプ、(個人見ると)満点に違いない。
千と千尋を思い出す
新海誠の映画が本作でついに東日本大震災という現実の出来事に深く切りこむことになりました。
一つの町全体を破壊する隕石落下、都市を水没させる長雨……。近年、架空の自然災害を一貫して描いてきた新海誠の映画が本作でついに東日本大震災という現実の出来事に深く切りこむことになりました。
本作の大きなテーマは、滅び失われていくことを受けとめ、悼むこと。その点『君の名は。』でも災害を扱ってはいましたが、本作と大きな違いは、まだ災いを止めようとしていただけで、災い自体は受けとめていませんでした。『天気の子』では災いを受けとめるのですが、災害が起こってしまったことを認めるまででした。けれども本作では、災害によって登場人物にとって大切な誰かが亡くなってしった哀しみをに前面的に共感して、元に悼むことに初めて到達したのです。ただ東日本大震災というとてつもない哀しみを受け入れ、悼むことは新海監督にとってとても辛く、またそれを描くことに自信がなく、暗中模索してきたのです。それはまるで『喪の作業』といわれる、4つの段階つまり『無感覚』・『否認』・『絶望』・『再建』という各ステップを踏まなければ、次の段階へ進めないという大変時間がかかるこころの変遷が必要だったのです。
しかし既に若い世代には震災を知らない震災以降に誕生した世代が増えてきて、危機感を感じた新海監督はも今のうちに、この映画を作らなければいけないという使命感をもって生み出したのが本作です。
本作の大きな特徴は、これまで多用してきた自分語りのナレーションを封じ、主人公の鈴芽には彼方からの声に耳を傾ける役目を負わせていることです。そこには今までとは決定的に異なる果敢な挑戦を見てとることができました。
また本作では一段とアクションシーンの連続で、エンターテインメントの度合いが格段に上がったといえることでしょう。とにかく今度のヒロインは走ります!空も駆けます! 新海監督ならではの精緻で美しい背景はそのままで、しっかり泣かせてもくれます。期待を裏切らない出来上がりでした。RADWIMPSと陣内一真の音楽が、物語をさらに盛り上げてくれました。
九州の静かな町で暮らす17歳の女子高校生の岩戸鈴芽(声・原菜乃華)。彼女はある日の登校中に日本中の廃墟にある「後ろ戸」を閉じる旅をしている青年・宗像草太(声・松村北斗)に出会います。彼の後を追って山中の廃墟で見つけたのはある一つの扉でした。なにかに引き寄せられるように、すずめは扉に手を伸ばします。そこ扉の向こうにあったのは広い草原と、全ての時間が混ざりあった空があったのです。
実は草太は各地の廃虚にある扉に鍵をかけることを代々家業として親から受け継いだ「閉じ師」でした。
その後二人の前に人間の言葉を話す謎の白い猫、ダイジン(声・山根あん)が現れ「お前は、邪魔」と話した瞬間、草太は鈴芽がまだ幼い頃に使っていた3本脚のイスに変えられてしまうのです。
日本各地に点在するこの世ならざる世界に通じる「後ろ戸」。その扉の綻びからはパンドラの箱のごとく「ミミズ」という、赤黒い渦巻きがこちらの世界に侵入し大地震をひき起こしていました。その扉を閉じて地震を未然に防ぐことが「閉じ師」の使命でした。
そして日本各地でこの「災いの扉」が開き始めます。「後ろ戸」があいてしまい「ミミズ」が登場する廃墟には必ずダイジンがいたのでした。逃げ出したダイジンを捜し、愛媛や神戸、さらに東京へと“2人”の後ろ戸を閉める日本縦断の旅が始まります。
それは鈴芽にとって、大災害を未然に防ぐことばかりでなく、4歳の時に震災に遭ったとき、忘れてしまっていた大切な記憶を取り戻す、こころの旅ともなっていたのです。
かつて温泉街だった最初の廃虚、水たまりの上、光のきらめきの中に立つ扉が鮮烈でした。さらには陽光の輝き、街の明かり。穏やかで美しい風景描写が広がります。
鈴芽はいきなり、扉から出てくる災いの奔流に巻き込まれます。ダイジンを追う先々で扉は現れ、スペクタクルシーンが次々と展開するのです。その中で、彼女の成長が物語の縦軸となっていきました。旅では同世代の女子高生や子育て中の母親、死期の迫る老人と出会います。人生をたどるような道行きで、鈴芽は大人になっています。「スタジオジブリ」のあの作品へのオマージュが象徴的でした。
しかし災い=地震を引き起こす巨大ミミズが「後ろ戸」から出てしまい暴れているにも関わらず、人々にはその怖ろしい姿が肉眼には見えず、気づきません。作中、たびたび発信される緊急地震速報の警報は、「忘れるな」と観客に強く訴えているのでしょうか。
記憶の断絶は、鈴芽の身にものしかかります。
デビュー作「ほしのこえ」から、新海監督は内省的で繊細な少年、少女を多く描いてきました。それに比べて、本作の迷うことなく突き進む鈴芽でも、登場当初は「普通の」ヒロインに見えてしまい、物足りなく感じました。けれどもそうではなかったのです。彼女は震災で母を失い、故郷を離れ。叔母に引き取られた過去を持ちます。根っこを失い、「死ぬのが怖くない」と気持ちをさらけ出しもしますが、終幕、自分の内に隠された記憶に向き合い、再び生き始めるのです。国民的監督として広い期待に応えつつ、新海監督らしさは健在だったと述べておきましょう。仔細は本編で!
最後に、これまでの作品で日本神道との繋がりを臭わせてきた新海監督でした。本作ではかなり直接的に日本神道の神々との繋がりを描いています。例えば一旦開いてしまった「後ろ戸」を閉じることは容易ではなく、扉から出ようとするミミズの圧力には、草太でも力負けしてしまうのです。しかしそれで諦めてしまうわけにはいかない草太は、祝詞を唱えつつ、精神を集中。神さまと一体となって潜在意識下を解放し、「後ろ戸」を閉じてしまうのです。
またスズメの名前の由来は、鳥のスズメではなく、神道の神さまのおひとりである天鈿女命(アメノウズメノミコト)からインスピレーションをもらったとインタピューで答えていました。天鈿女命というのは天照大神が天岩戸に隠れてしまったとき、その前で踊って、岩戸を開かせるきっかけを作った神さまで、芸能の神さまとしても信仰されてきました。そのお名前のウズメからスズメにインスパイアされたそうです。
そして大事なことは、椅子にされてしまった草太に変わって、鈴芽が「後ろ戸」を閉じる役割を担うことになったのです。しかし鈴芽には信仰もなく、祝詞をあげることもできません。その代わり鈴芽は過去の人々の声に耳を澄ませることで、神さまと一体となり「後ろ戸」を閉じれるようになったのです。映画「線は、僕を描く」作品レビューでも指摘しましたが、「過去の人々の声に耳を澄ませること」とは、結局自分の過去で周りからどんなに自らが愛されてきたを思い起こすことにつながります。それは自己処罰の思いを克服し、自信につながるのです。自らを信じられる人は、自分の五感を超えた世界の神さまのお力も素直に入りやすくなるのです。なので特段神道の信仰のない鈴芽でも、神さまの応援が得られたのでした。神さまと一体となることで、人は火事場の馬鹿力を発揮できるようになるわけです。
新海監督は、本作でかなりはっきりと日本神道の神々のお力と、人間一人ひとりに宿る潜在意識下の無限の力を描いたのでした。
足で踏まれたい新海監督とは、うまい酒が呑めそう
川村元気氏と新海誠監督は、鈴木敏夫氏と宮崎駿監督の関係になるでしょうか。ジブリや細田監督がイマイチな中で唯一、期待を一身に背負わせての新作です。ただ新海監督も上記2名に違わずワリと振れ幅がある監督なので、関係者もヒッソリと心配はしてたかも? 川村氏を除いて。
映像/ビジュアルはもう何も言う事ありません。アニメ映画界では、現時点で最も彩度と質感を出せる監督ではないでしょうか。そして良く動く動画、しかもかなり自然に、それでいて面白く動かせるしシリアスにも動かせる。音響も然り、それもこれも資金とリソースの為せる技でしょうが、現代アニメ映画ではトップクラスです。
中の人も、今回はあまり違和感なし(一部やりすぎ・大袈裟感もありつつ)で、色んな大人の事情をも背負い込んだワリには、ほぼほぼ良好な仕上がりかと。それとも新海監督、一目置かれてダメ出しとかシッカリ出来たのかな?w
これだけ上々の仕上がりを持ってすれば、〝不自然〟〝ご都合〟〝あり得ない〟等のアレコレは凌駕され気にならなくなります。それが良作の良作たる所以です。
そんな概ね〝パーペキ〟な作品でも、気になる部分は幾つかあります。
まずスズメがソウタにアレする切っ掛けが結構チョロい気がします。若い男女の色恋なんて実際そんなモンかも知れませんが、アニメ作品とは言えソレを安直にピコーン♡とやるのは些か短絡的ですし、そもそもソウタは作品通して長いこと椅子でしたし。
また、ダイジンこと白猫の素行がイヤにカワイくない事もマイナスでした。自分だけかもですがイラッとするシーンとかあり、何か意図があったのかも知れませんが。なので後のショボクレ加減にも悲壮感を感じませんでした。
あとはオマージュと言うか、他監督作品での既視感のあるシーンがチラホラ‥‥
ところで昭和歌謡懐メロはどうなんでしょう? 当然知ってる曲ばかりですが個人的にはあまりピンと来ませんでした‥‥
ただ新海監督の趣味趣向によるものか、自分みたいな二次元ヲタが抱く〝理想の女子、かくありき〟なキャラを毎作描いてくるので、ミツハと言いスズメと言い魅力的だった、てのがワリと本作品の評価を押し上げる気がします。
でも新海監督は『言の葉の庭』がワリと本音路線なのでは?と個人的には分析してます。そんな趣味を今回の作品にもねじ込んでた様な箇所ありましたしwww
とは言え、本作も3桁億の興行収入は間違いないでしょう。自分の住む田舎の映画館でも初日20本回しでしたし、ローソンのキャンペーンに来場特典もドエラく力入ってて、街を上げて新海祭り状態でした。
昭和歌謡版『ストレンジャー・シングス』にさめざめと泣きました
宮崎県の高校生鈴芽は登校途中の坂道で廃墟を探している青年、草太と出会う。彼を追って山上にある廃墟に向かった鈴芽は廃墟の中にたたずむ古い扉を見つける。鈴芽が恐る恐る扉を開けてみると・・・からの妖奇ジュブナイル、といったところでしょうか。
冒頭で物語の行き着く先は暗示され、後は日本各地の廃墟を巡るロードムービーの様相。ロードムービーなので旅先での色んな出会いが物語を軽快に転がします。『天気の子』では生きとし生ける全ての大人に中指を突き出すかのようなテーマが提示されていたので、ボコられる側のアラフィフは肩身の狭い思いを強いられて楽しめませんでしたが、こちらはその真逆。『君の名は。』に立ち返ったかのような瑞々しい恋が電車とフェリーと車の旅で育まれ、子供達と大人達の爽やかな邂逅も描かれます。旅のBGMもアラフィフ向けになっているので、いわば昭和歌謡版『ストレンジャー・シングス』。すなわちクライマックスではビービー泣けます。
神戸出身の身としては予告でチラ見せされていた郷里の扱いが気になるところでしたが、意外なスポットがチョイスされていて驚きました。そして何よりビックリなのは伊藤沙莉が演じる二ノ宮ルミ。いきなりあのハスキーな声で登場、彼女が口にするセリフで神戸出身者は郷愁を激しく揺さぶられてもれなく泣くことになると思います。伊藤沙莉、最強です。
声優陣は皆素晴らしいですがやはり主演の原菜乃華と松村北斗の凛とした声は格別。そして主題歌『すずめ』の十明の歌声も身震いするほど美しい。ただRADWINPSの他の曲はパッとしないというか、もう『天気の子』で既に正直聴き飽きた感ありなので、次回作では他のアーティストを起用して欲しいです。
観る価値ありだけど、少し人を選ぶかも?
わりと好評価だったのもあって、IMAXで鑑賞。君の名はも天気の子もどちらもは上映日に観てましたが、少し熱も冷めてたので今回はどうしようかと思ってましたが、レイトショーのIMAXが空いてたので鑑賞。
結果は大満足でした。
君の名はと天気の子とはちょっとテイストの違った物語展開でした。男女2人の物語っていうところは共通だけど、今回は今までの2作品と比べると冒険色が強いのと、刺激も強め。震災を経験していない自分でも当時のニュースとかで観た映像を思い出し、胸がざわつきましたので、経験された方は少し覚悟を持ってみないとおそらく辛い気持ちになると思います。
ここ最近の新海誠作品ってあの世とこの世だったり、日本の昔話とか神話とか、そういうのを元ネタに使ってるようで今回もその流れは同じ。あとは挿入歌の入れ方とかセリフの言い回しとか、そこは新海誠色が今回も出てたので、そう言った点で今までと一緒じゃんって感じる方はいると思いますが、物語としては今までの2作品とはちょっと違った、万人受けはしないかもしれない、ちょっと重めの内容になってます。ただ、この国に住んでる以上誰もが経験するかもしれないことなのでちょっとそこは考えさせられました。
そして今回も様々な地域が出てきます。プチ日本列島縦断の旅で、地元だったり住んでた場所が出てくるとやっぱり胸が熱くなりますね。景色は本当にそっくりそのまま!あ、ここはもしかして!っというところがたくさん出てくるので、転勤族の方とかはそういった違う楽しみ方もできるかも。
最後に見終わって言えることは、明日から、行ってきますとただいまは毎日言おうと思いました。
基本エンタメですが、一部リアルな重さを持つ作品。
新海監督の新作との事で鑑賞。
面白いは面白いのですが、一部評価割れそうな雰囲気もある作品でした。
良かったところとして、ヒロインかつ主人公のすずめがとても魅力的です。
声優さんの演技をはじめ、リアクションやら動きやらで魅せてきます。
キャラ同士の掛け合い等楽しいシーン等も多く、退屈しないで観れるのも良き。
また、新海作品の例に漏れずビジュアル的な綺麗さも健在です。
気になったところは二つあり、一つはストーリー展開の若干の強引さ。
一部キャラの行動に対する説明が不足しているのか行動の説得力が薄く、
脚本ありきでキャラが動かされている様な感じてしまい、若干の違和感が残ります。
もう一つは中盤~終盤の展開について。
宣伝では色々と完全に伏せられている中でのこのストーリー展開は中々挑戦的。
殆どの人は大丈夫でしょうがダメージを負う人もそこそこ多そうな印象です。
今作はエンタメ一辺倒ではなく色んな意味で重いシリアスな面も持つ作品ですので、
「君の名は」の様なエンタメ感を期待すると期待外れな感じもあるかもですが、
そういった面も含めて楽しめる方であればお勧めできる作品だと思います。
すずめくん、東京を救う
村上春樹さんの短編『かえるくん、東京を救う』は、神戸の震災後に書かれた連作集のひとつです。
この映画は、まるで、そのかえるくんを原作として大胆に翻案した。そんな印象を受けました。
以下、この短編小説からの一部要約と部分的な引用。
(原文のままではないので、間違い等あればすべて、私個人の責任です)
主人公片桐はしがない信用金庫の新宿支店の融資管理課の係長補佐。誰もやりたがらない貸出金の回収を担当していますが、時にはヤクザ相手のことも。それでも、黙々と筋道を通して仕事をやり続ける市井人で、〝普通の〟勇気を持ち合わせた人。
そんな彼のもとにある日、突然、かえるくんがやってきて、東京に地震を起こそうとしている〝みみずくん〟と闘うのだが、その闘いにはあなたの勇気と正義が必要だ、実際に闘うのはわたし(かえるくん)だが、君は勝てる、君は正しいと声をかけて欲しい、と頼むのです。
かえるくんは、片桐が煙草をすってもいいか、と聞くと、「あなたのおうちじゃありませんか。ぼくに断ることなんかありません」と答えます。
(芹澤と環の会話のようにも聞こえませんか)
みみずくんは地底に住んでいて、腹を立てると地震を起こす。
実際のところ、みみずくんはなにも考えていない。
彼はただ、遠くからやってくる響きやふるえを身体に感じとり、ひとつひとつ吸収し、蓄積しているだけなのだ。
そしてそれらの多くは何かしらの化学作用によって、憎しみというかたちに置き換えられる。
学のあるかえるくんはこんなことも言うのです。
ジョセフ・コンラッドが書いているように、真の恐怖とは人間が自らの想像力に対して抱く恐怖のことだ。
これ(みみずくんとの闘いのこと)は責任と名誉の問題で、どんなに気が進まなくても、みみずくんに立ち向かうしかない。
命を落としても誰も同情してはくれない。もし、首尾よくみみずくんを退治できたとしても、誰もほめてはくれない。どう転んでも孤独な闘いです。
以上、取り敢えず思いつく中で、この映画とテーマを共有できると思われる部分を書き出してみました。
私には、村上春樹さんのこの小説からテーマを拾い上げ、監督のやり方でそれを表現しているという点では、『ドライブ・マイ・カー』以上のように思えたのですが、いかがでしょうか。
感動する、考えさせられるいい映画
切なく良いストーリー。
ヒロインすずめの生い立ちは、東北大震災で被災した人々の声を代弁しているよう。
また、すずめ同様ストーリーのキーパーソンになる猫のダイジン。
草太を椅子にしてすずめと草太を翻弄するダイジンには怒りも湧いた。
しかし、ダイジンノ正体は日本の地震から守る要石。
人間の草太を椅子に化けさせ要石の役割を押し付けたのは、今の世の異常気象などの自然からの災害を防ぐのは人間である、という新海監督なりのメッセージ。
とは言えダイジンの「すずめの子になれなかった」という一言は観てる側としても辛いものがあった。
自然は純粋でいたずら好き、だが人間が何が要石か忘れたならば人に返ってくると考えさせられる作品。
そうきましたか
実際大きな被害のなかった地域にいた自分が、震災で被害にあった方の気持ちを推察するかのような感想を述べるのは違うと思うので、それは置いておいて。
過去と向き合い、自分は今生きていることを実感する
自分にとってそういう映画でした。
なんでもそうですけど、
今の自分、今までの自分、
その経験の引出しにあるものが
見るものの捉え方を決めたり
そのシーンに呼び起こされたりします。
廃墟となった母校を想い涙し、
愛媛の言葉を話す、亡くなった友人を想い泣きました。
そして、叔母の心の中にあるネガティブな感情に触れた時に。
大切にしているからといって、いつもポジティブな感情であるわけではない。蓋をしても、悪く思う時もある。
でも、そういうもの全部ひっくるめて、やっぱりとても大切にしてるってこと。
そうなんだよ。て、思いました。
フラれた直後に見る恋愛映画と、告白が上手く行ってラブラブな時に見る恋愛映画の捉え方が違うように、結局メッセージは自分の中にある、と思って私は映画を見ます。
今回も、自分の中にメッセージを見つけることが出来たので、いい映画でした。
悲しみに潰されそうな子供のすずめに、大きくなったすずめが伝えたメッセージ。
どんな辛くても時間は戻ったり、待ったりしてくれないけど、色んな人に支えられてちゃんと生きていける。どんな想いを抱えても、この世界は生きていくに値するんだって、そう思いました。
きっと批判も少なくない映画になりそうですけど、それだけエネルギーのある映画であり、その批判の感情もまた尊いのだと思います。
震災の前
初日、会社帰りに鑑賞して参りました。
新海監督の前作から早何年ですかね。
君の名は、天気の子ととても楽しませて
くれたので楽しみしてました。
ネタバレが怖いのでやはり初日が安心ですね。
震災の影が始めから出ていて重い映画かなあ
と思っていましたが以外とコミカルでした。
しかし、始めのミミズがバッタンした
時は皆死んでしまったかと思ったよ。
すずめと草太の戸締まりの旅
草太は早々にすずめの椅子に
なってしまうが(笑)
宮崎から東北まで
行く先々の人が温かい、
チカ、ルミ、草太のおじいちゃん
芹澤そして環
サービスエリアでのすずめ、環の吐露が
怖かった聞きたくないすごい言葉
右大臣が言わせたのもあるがそれまでの
ちょいコミカルな旅が一変したよ。
その後の自転車2ケツシーンでほっと
したけどね。
すずめが故郷に戻って絵日記を見る
シーンは心がワシ掴みになった
3.11
真っ黒で真っ黒
あの大震災の日
沢山の人の人生が変わった
行ってきます
気をつけて
何気ない言葉の集合に涙がでた
大切な人がいなくなる辛さ
この映画を見て震災を思い出す人もいるだろう
辛い人もいるだろう
忘れてはならないです。
あと、最後のRADWIMPSの歌の入り方は
個人的に涙です。
君の名は、天気の子もでした(ToT)
ああ、良い映画に出会えると気持ちがイイね。
そんな映画でした。
行ってきます。
流石新海誠。
「君の名は。」「天気の子」に続き、テーマや込められた意味のある映画だったと思う。君の名はも天気の子もそうだけど自然や災害をテーマにしていたのに続き今回のすずめの戸締りは伝えたいことがハッキリしていたと思う。今の周りの人や環境は当たり前にあるものではないもの、死は常に隣り合わせにあるもの、それを地震の多い日本では伝えやすいテーマなのかなと思った。そして行ってらっしゃい、行ってきます、色んな人達の思いで扉を通る人々の時間が、扉の向こうには存在するのだと思った。行ってきます、その一言を通って扉の向こうへ行った人に会うのはもうそれで最後になる可能性もあるということ、つまりそれが死は常に隣り合わせにあるということなのかと思い、よくできてるなぁと勝手に思った。
だけど新海誠ならではの、2人の思いが重なるところとか、もう少し楽しみたかった。そうたさんとの関係に少し疑問を持つ部分がありすずめに感情移入しずらかったので。今回も、映像もすごく綺麗だったしRADの音楽良かったです。
新海監督解釈の巡礼の旅
この映画の表層を表すのなら、ロードムービーです。
日本人は無宗教の人がほとんどだと思いますが、これは巡礼の旅だと思う。
新海監督の長所である美しい背景は健在で、特に「カクリヨ」の存在は煉獄そのもので、本当はハロウィンに公開を合わせたかったのではと思ってしまいます。
またストーリーは良くできていて、ダレる部分はなく、最後まで楽しく視聴出来ました。
個人的な見どころは、子供のころ妄想した様なことを映像化されていると感じるところでしょうか。細く言うと、物の大きさ、高さの表現が素晴らしいです。
またネタバレ含みますが、
右大臣、左大臣の様子を見ると過去何があったかは想像でき、「ダイジン」がすずめに執着した理由や最後の選択に重みが増します。
願いや幸せには代償があるということは、本作にもテーマとして見え隠れします。
さらに隠したテーマとして、生者には時間が救いとなるが、煉獄には時間がないから救いはなく扉を閉めるしかないという…少し胸糞が悪くなりました。
ですが、すずめとソウタのお話としては綺麗に終わったので、プラマイゼロです。
今を生きる人へのメッセージ
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