「宿命の物語」すずめの戸締まり 終焉怪獣さんの映画レビュー(感想・評価)
宿命の物語
鑑賞後、私は「宿命の物語」と云うワードが頭に浮かびました。
私はこの作品を見終えた時にダイジンを主人公に据えていた事に気が付く。
この作品は猫好きの新海誠監督による猫リスペクトの映画に思えた。
また今作は「魔女の宅急便」のオマージュが多々あるのも面白い。
以下、良かった点と悪かった点。
【良かった点】
〇圧倒的映像美
新海誠作品の代名詞ともなっている現実にはない光源を利用した圧倒的映像美は健在で本作も素晴らしかったです。
また毎度の事ながら日本文学の美しさを情景として表現する新海誠監督に脱帽です。
ふと空を見上げて青空を泳ぐ雲、切なさを覚える夕暮れ、涙を流したくなる星々輝く夜空...
誰しもが空や山が見せる幻想的な美しさに想いを馳せるはずです。
実写映画では現実では勝る物は無いと思いますが、アニメーションだとまた現実とは似て非なる情景となり、感動が増します。
この映像美にはカメラワークも含んでおり、すずめを軸にした背景の移動や反転が素晴らしかった。
如何にこの美しい世界を映像に出来るかと言う強い気概を覚えた。
〇飽きさせないテンポの切り替え
観客を飽きさせないスピーディーな場面の切り替えは評価したいです。
多少強引で合ってもテンポが良く、中弛みを感じさせない。
〇ロードムービー
多くの映画ファンなら好きであろうシチュエーション...それがロードムービー。
突然始まったすずめと草太の旅。
その過程でその土地で自分の日常を生きる人と出会い、別れを繰り返す。
王道ではありますが、人の温もりだったり、自身のルーツを知り精神的成長を果たす過程は見ていて気持ちが良かったです。
○登場人物
個人的に芹澤君が大好きでした。
物語の清涼剤として和みました。
○ダイジン
最初に書いた通り、ダイジンに感情移入して観賞していました。
宮城県には猫を神として祀る猫神社があると聞きます。
ダイジンは元は人間なのか、変わらず猫だったのか分かりませんが、ある日厄災を鎮める要石となる。
そこから何百年と孤独だった。
時を重ねて神と到りはしたが、始まりは平凡な存在だったはず。
ダイジンからしたら理不尽であり不条理だと思います。
だからこそ自分を要石と云う役割から解放してくれたすずめを好きになった。
だからこそすずめの戸締まりをサポートしてくれたのでしょう。
最後、すずめの為に再び要石になる選択をしたダイジン。
あのロードムービーにはダイジンも含まれており、ダイジンもまた自由な身となり現実を楽しんで旅を出来たのでしょう。
こう考えると本作はダイジンの宿命の物語に思えました。
日本を数百年に渡り厄災から守り、自分を救ってくれた一人の少女の為に奮闘したダイジンこそ本作の主人公でしょう。
〇メッセージ
本作は言うまでもないですが、根底に東日本大震災があります。
終盤、宮城にてあの日を生きていた人々の日常を垣間見るシーン...そこには多くの「いってらっしゃい」があり、多くの「お帰りなさい」が失われた。
だからこそラスト、すずめの「お帰りなさい」には様々な想いが凝縮されている。
あれから11年。
まだ11年か、もう11年か...それは人によって感覚は異なるでしょう。
すずめの戸締まりが描いた「いってらっしゃい」と「お帰りなさい」は御伽噺です。
しかし映画くらい救いがあってもいいじゃないかと思いたい。
○再会
初期の新海誠作品と言えば、再会が叶わなかった結末が多い。
しかし「言の葉の庭」から希望の持てる終わりが描かれて来た。
本作も2人の再会で幕を降ろす。
それに否定意見もあるかと思いますが、私は肯定。
上記に書いたようにこれは「いってらっしゃい」と「お帰りなさい」の物語。
どちらかが欠けてはいけない。
2人の再会はとても意味のあるものだ。
【悪かった点】
〇ベースとなる日本神話が分かりにくい
新海誠監督の独自の解釈もあるのでしょうが、ベースとなった神話・民俗学が分かりにくく、要石が何故二つあるのかだったり、ダイジン・サダイジンの行動原理に首を傾げる部分も。
厄災がミミズの形をしている理由や天岩戸伝説に基づく設定など知識のない観客を置いてけぼりにしてしまった。
○登場人物に感情移入し辛い
時間の関係上、詰め込み過ぎてすずめの心の変化に着いて行けない人も多くいるかと思います。
現地で出会った人々と打ち解ける過程が短すぎる。
「秒速5センチメートル」や「言の葉の庭」のような丁寧さを感じられなかった。
○ラストのパラドクス
すずめが幼少時代の自分に出会い、椅子を渡すシーンは唐突にも感じた。
○距離が...
新海誠監督と言えば軸となる2人の距離感を描く事に定評があります。
しかし前作「天気の子」と同じく、すずめと草太の距離感にもどかしさも絶望も感じられませんでした。
総評として私は大好きな映画です。
しかしこの作品は星5とまではいかない。
それなのに星5を付けました。
映画とは疑問を与えて、思考する機会を与えてくれます。
好きな映画と出会った時、何故好きなのか考える。
同時に嫌いな映画と出会った時、何故嫌いなのか考える。
映画とは例外なく総合芸術として私達に多くの知識、教養を与えてくれる...
本作は疑問に思うシーンも多々ありましたが、それも含めて多くの思考プロセスを頂きました。
それだけで私は星5に値する作品だと思います。
最後に...
見せたい演出を優先したように思えた為、納得出来ない場面もありました。
しかし繰り返しになりますが、私はこのすずめの戸締まりが大好きです。
「ほしのこえ」、「雲のむこう、約束の空」、「秒速5センチメートル」と云った初期作品が大好きな私のようなファン達から
大衆向けにシフトした「君の名は」以降から疑問を持つ人も多かったはず。
しかし「すずめの戸締まり」には、初期作品のような独創性はなくとも美しき日本文学の普遍性は、変わらずあり続けている。
この日本だからこそ作れた作品に感謝を。