「変態性の喪失」すずめの戸締まり Dポッターさんの映画レビュー(感想・評価)
変態性の喪失
泣きながらこのレビューを書いています(嘘)
私が受け止めきれていないだけかもしれないという前提で書きますが、新海作品で過去最低の作品でした。
これまでの作品と違って今作はよく言えば大人しくあまり冒険をしない印象、厳しめに表現するなら物足りなさを個人的には受けました。
物語は美しく、映像も音楽も観て恐らく多くの人が満足する大衆向けの作品でしょう。
ですが、恐らく20年位のコアな新海ファンからすればファーストディなどの割引がある日以外にわざわざ見る価値があるかはかなり微妙な作品かなと思います。
映画館のスクリーン・音響にお金を払っている気持ちでなければガッカリするでしょう。
酷な書き方をするならAmazonPrimeなどで観たなら途中で観るのを諦めてスマホをいじり出したくなると思います。
上映が終わった際の余韻もなく、ただ美しい男女が出会って、苦難を共に乗り越えて…新海監督らしさがほぼ感じられなかった。
過去の新海作品のヒロインは基本的に処女性と母性を描いていると思われ、変態的(褒め言葉)な男性主人公視点が今回は大きく欠落しています。
「秒速5センチメートル」を男女の視点比率を9:1だとすれば、「君の名は」でほぼ半々、「天気の子」で4:6、今作は2:8くらいでしょうか。
ソウタが長身、イケメン、教員を目指している大学生。
スズメが高2の可愛らしい女子高生で、母と同じ看護師を目指していて、恋愛経験はない…この少し年上に憧れるくらいのシンプルさと濃度の方が今は多くの人に見てもらえるのかもしれませんが、スズメ視点で物語の大部分が構成されているために、恐らくこの作品を通して"本当に伝えたいもの"への関心は薄れてしまう気がしました。
映像や音楽などの美しさに頼り、上映時間の長さとテンポを大切にしすぎた結果、主要な登場人物の掘り下げ・心象描写は殆どクライマックスまでされなかったためにボーイミーツガールをしたかったのか、理不尽な災害によって家族を失った少女が逞しく生きる強さを描きたかったのか、あれほどの大災害があっても人の営みは続くことが描きたかったのか、災害をミミズの化け物に喩えて眼に見えない、常人にはどうする事もできないものにする事で諦めを描きたかったのか。中途半端さを感じます。
抱えるスタッフもどんどん増え、描きたい事を描けなくなっていないだろうか。ファンタジーとリアリティの境界が曖昧で、描きたかった事も曖昧…技巧は素晴らしいと思いますが、どんどん中身が大衆受けを狙った商業作品になっていく印象です。もう諦めちゃったのか、枯れてしまったのかなぁ。
ただただ映像と音楽の美しさに集中できる時間というのはこれから益々少なくなるのでこういう作品も求められていくのかもしれません。
例えるならiPhoneがスティーブ・ジョブズの発表した頃のようなオンリーワンのスマートフォンではなく、ティム・クックによって数が売られてどんどんAndroidに後手を踏む汎用な製品になっていくのにユーザーやOSシェアが拡大していく…そして古くからのファンがどんどん離れていくみたいな流れとよく似ていると思う。