劇場公開日 2022年11月11日

「過去の震災の傷跡を美麗な映像で癒してくれる新海作品」すずめの戸締まり ありのさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5過去の震災の傷跡を美麗な映像で癒してくれる新海作品

2022年11月19日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 大ヒットし社会現象まで巻き起こしたアニメ「君の名は。」、「天気の子」の新海誠の新作ということで誰もが注目するところであるが、今回も安定のキャッチ―さ、ポップさでエンタテインメントとしてそつなく作られており、改めてその手腕に唸らされた。
 ただ、今回は3.11というデリケートな問題を取り上げており、そこはこれまでにない挑戦に思えた。

 結論から言うと、すずめのトラウマ克服というテーマは、かなりしっかりと語られていたように思う。災いをもたらす扉がいかにして廃墟に現れるのか?そのあたりの説明がなおざりだったので腑に落ちなかったが、扉の向こう側に見る過去の震災の記憶に正面から向き合うことで未来へ歩み出す、すずめの姿に素直に感動することが出来た。

 ちなみに、同じテーマを描いた作品で、諏訪敦彦監督の「風の電話」という映画を思い出した。あれも震災で家族を失ったヒロインが叔母の元で暮らしているという設定で、本作のすずめとよく似ている。故郷を目指す旅の中で震災のトラウマを払拭していくというドラマも一緒である。

 さて、本作にはもう一つ見所がある。それは、すずめが草太に淡い恋心を抱くというロマンスだ。草太は途中からある事情ですずめの思い出の品、椅子の姿に変えられてしまうため、過去の新海作品と比べるとコメディ・ライクな仕上がりになっている。ただ、すずめのトラウマ克服というドラマと併走させてしまった結果、こちらは今一つ弱く映ってしまった感が否めない。

 また、物語は災いの扉を守ってきた”要石”を追いかけるロードムービーになっていくが、その道中ですずめたちは様々な人たちの優しさに触れていく。これらのエピソードも楽しく観ることができたが、惜しいかな。ドラマ上、余り有意義なものとなっていないのは残念であった。
 例えば、母親代わりになって育ててくれた叔母の苦労を知るとか、草太への思いを改めて強くするなど、すずめの成長を促し前に進む”きっかけ”になってくれていれば更に良かっただろうと思う。

 そして、終盤に行くにつれて、こちらの理解が追い付かない状況が次々と起こり、個人的には今一つノリきれなかった。
 例えば、もう一つの”要石”が如何にして出てきたのか?そして、叔母になぜ憑依したのか?そのあたりのことがよく分からない。考察する材料があればまだいいのだが、そうしものが劇中では余り見つからなかった。結局、作り手側だけで自己完結してしまっているのような気がしてならない。

 映像はスケール感のあるアクションシーンを含め、十分に楽しむことが出来た。今回は前作までのビスタサイズから横長のシネスコに変わっている。そのためより一層の迫力が感じられた。序盤の廃墟の中に佇む扉の映像も大変神秘的で印象に残る。

 キャスト陣は、皆それぞれ好演していたように思う。旅の途中で出会う個性的なサブキャラも活き活きと表現されていて良かった。

 尚、本作には魅力的な女性キャラが多く登城するが、逆に男性キャラは少ない。すずめが旅の途中で出会うのは、旅館を切り盛りする女将とその娘、神戸ではスナックを営むシングルマザー。そして、すずめの父親についての言及はほとんどなされていない。もちろん草太や彼の友人・稔など、男性キャラがいないわけではない。しかし、圧倒的に父性不在のドラマになっており、そこは何か意図してのことなのかどうか?観終わった後に少し気になった。

ありの