「立ち尽くす人へ」すずめの戸締まり U-3153さんの映画レビュー(感想・評価)
立ち尽くす人へ
えらくハードな話だった。
結局のところ「明日に進む勇気」なのかもしれない。
滑り出しは唐突で、どんな物語なのかさっぱり分からない。ただただ降り注ぐ事象に呑み込まれていく。だが、これも本編の内容から振り返ると、至極的を得た導入だったように思える。
冒頭に鳴り響く地震のアラート。
嫌な音だ。
311を嫌でも思い出す。自覚はなかったが、それなりのトラウマになってるみたいだ。
大多数の日本人が抱えているであろうトラウマを本作は抉り倒してくる。主人公たちが立ち向かうのは地震を起こす元凶だからだ。
物語の終盤まで語り部は、破滅と消失の前兆を描く。
滅亡の未来とでも言うのだろうか…何の前振りもなく、突然にソレは訪れる。
平穏と思える日常は、実は脆く、命は尽きるもので儚いものであると明示され、大多数の人々はその危うさに無頓着に過ごしている。
その裏側で、命を賭してソレらと対峙する主人公たちがいる。メチャクチャな温度差で描かれる。
スマホを見ながら無表情で歩く大衆が映ったかと思うと、高度何百mから落下する女子高生だ。
この対比が意味するものは何なのか。
認識できないが明らかに影響力がある何かの存在なのだろうか?それとも、小さな小さな楔で繋ぎ止められている日常の不安定さなのか?
いずれにせよ、薄氷よりも薄い氷の膜のようなモノの上に組み上げられた、永遠という幻想に囚われた愚か者たちの世界…そんなモノを見てるようだった。
かと思えば、彼女が旅先で会う人達は温かい。
なのだが、しっかりとギブ&テイクが描かれる。そんな描写はこの作品に限った事ではないのだけれど、何故だか印象的だった。
受けた恩は返す、もしくは返してもらう。
そこから繋がるご縁としがらみ。
至極当たり前の事だけど、無償のものなんて人の世にはそう多くはなく、持ちつ持たれつだ。そんな事が何故だか印象に残った。
そんな人達に助けられつつ目的に向かう主人公たち。
大都会・東京の空を覆い尽くすミミズには身の毛がよだつ。しかも、それが普通では見えないのだ。あんなものの真下で平然と暮らしている。
認識できないだけで脅威は常に振り下ろされる寸前なのだ。これまでの物語の大部分が滅亡と背中合わせの状態の周知に費やされる。
勿論、回避はされる。その元凶を主人公たちは退けるわけなのだけど、ここまでが入念に整えられた前振りだった。恐れいるぜ新海監督…。
主人公は勅を唱え宣言する。
儚き生だとは知っている。いずれ尽きるものが命であり、消滅が定められているのが命の本質である。
その上で生きたいと願い請うのだと。
そして、ヒロインはかつての幼き自分に語りかける。
今がどんなに暗くても、あなたには輝く時間が待っている。その証明が目の前にいる私だ、と。
その幼子が14歳の自分なら28歳の自分が。50歳の自分なら70歳の自分が。
「今は辛いね、大変だよね…でも大丈夫。今の私を見て、ちゃんと成長してるでしょ?笑ってるでしょ?大変じゃなかった日なんてないけれど、ちゃんと幸せな日も過ごせてるよ。だから大丈夫。不安に押し潰されないで。」そんな事を言ってくれてたように思う。
いずれは死んでしまうのだけど、それが早いか遅いかの違いだけかもしれないのだけれど、だからと言って無気力にならないでと。命に幻滅していかないでと。この世でしか、この儚さの中にしかない素敵なものは絶対あるから、と。
おそらくなら、そんな事を問いかけた作品に思う。
そして、それらを可能にするヒントは先人達が残していってくれてるんだよと言われてる気にもなった。
このメッセージに説得力を付与させる為の滅亡への描写だったのだ。
全くもって、類稀なるストーリーテリングなのである。
本作には名優たちも声優として名を連ねている。こんな内容を突きつけられた日にゃ、監督としての演出にグウの音も出ないのだろうと思われる。
作画の水準は極めて高く、新たな手法も随所に見られる。エンタメとしての外殻は恐ろしく見栄えが高い。こんな小難しい話を…ちゃんと観客に届ける為のアレやコレやを抜かりなく準備し、仕上げてくる。
同じ内容を高僧が説法しても、足が痺れて耳には入ってこんだろうて。政府が莫大な予算を投じてキャンペーンしたとしても、見向きもせんのだろう。
そういう類いの話ではあるのだけれど、ものの見事に突き刺さる。
…恐るべし新海誠。
ダークな世界観で、作中に出てくる「闇が深い」って台詞が似合う作風でもあったけれど、それを塗り潰す希望の存在を明確に強烈に知らしめた作品だった。
多分ならこの手のテーマをベースにした物語は数限りなくあると思われる。普遍性のある内容だけに。
だけども、ここまでダイレクトにソレだけで勝負に出た作品ってあるのだろうかと考える。
暴挙と言ってもいいんじゃなかろうかと思う。
命が置かれている本質的な状況しか描いてないように思うのだ。
ソレを…こんな作品に昇華させて見せた底力よ。
たまげるわ。
脚本を練り上げるのにどんだけの時間を費やしたのだろうか…。
ちゃんと娯楽作品として仕上がってるのが驚異的。
戸締まりってタイトルも言い得て妙だ。
過去はなかったものにも、忘れさるわけにもいかないのだ。そこにはあるのだけれど、ふいに出てこないように鍵をかけて閉めておくのだよって事なのだろう。
■追記
レビューをいくつか読んで「人は脆いけれど、弱くはない」そんな言葉が不意に浮かんだ。
u-3153さまコメントありがとうございます。
いやはや真摯なレビューでおみそれしました。全面的に同意します。それに比べて私のレビューは・・・
勉強になりました。