「見応え十分!でも物足りなさも…。」すずめの戸締まり ゆめさんの映画レビュー(感想・評価)
見応え十分!でも物足りなさも…。
色々な要素がうまく混ざり切ってない感はあれど、見応え十分な作品だった!
作品を思い返しながら脳内を整理するために分解していくと、大きく3つの要素があったと私は理解した。
ひとつ目はやはりポスト3.11としての側面。
名言はされなかったけどすずめは明らか東北に大震災の被災者(そして孤児)だ。
叔母の愛情を受けながらも、すずめは生まれ故郷を離れ、母の不在を感じながら生きている。
作中に舞台として登場する廃墟となった街や学校などは、なんとなく放射能で人が住まなくなった福島の被災地を彷彿とさせた。
そして終盤、すずめが過去の自分に送ったメッセージは監督からの3.11の後を生きる被災者の方々へのメッセージなのだと理解した。
十年以上経とうが、震災で変わってしまった人生を生きる人たちの中で震災は終わらない(本作のすずめのように一見してそうとはわからなくても)。
人気監督になっても、いや人気監督だからこそ、エンタメとして成り立たせつつ、この重く難しいテーマを真摯に描いているところに敬意を払いたい(そして過去2作で自然災害を取り扱ってきた中で本作が臨界点という感じがした)。
ふたつ目はロードムービー的な側面。
すずめと椅子になった草太は、草太をもとに戻すため猫の「ダイジン」を追う旅に出る。
九州から愛媛、神戸、東京へ移動しながら、さまざまな人に出会い、助け助けられながらを彼ら彼女たちと交流を深めていく。
また東京で草太に取り戻すための気づきを得たすずめが、叔母さんと草太の友人・芹澤と生まれ故郷に向かう旅?に出る。
どちらも良いシーンがたくさんあるんだけど、いまいち本筋に絡んでない気がして物足りなさを感じたり…。
(そういえば芹澤さんの車で流れた懐メロの数々は何だったんだろう。何か意味がありそうだけど…)
みっつ目がすずめと草太とラブストーリー的な側面。
新海誠監督は主人公の中にあるなにかしらの欠落感(「君の名は。」はこの描写がめちゃくちゃ良かった…)を運命の(と信じる)相手で埋める(あるいは埋まらない)、を長らく描いてきたと思っているのだけど、この2人に関してはちょっと描写が足りない感じがしてなんとなくそこが物足りなかった。
この作品のメインテーマではないから仕方ないのだろうけど、草太が「君(すずめ)に会えたから」と思いながら意識を手放すところとか、「いつのまにすずめちゃんにそんな思い入れを?」と思ってしまったり唐突感が否めないというか…。
こういういくつかの要素がラストにうまく集約してる感じがなくて、個人的にそこは物足りなかったけど、「いつ死んでもいい」と思っていたすずめが草太を大切に思う過程を経て、自分の「生きたい」という気持ちにも気づけたのは良かったと思うし、震災の一つの描き方としても良かったのかもなと思う。
あと新海誠監督作品の、胸がしめられるような美しい風景が今回は感じられなかった気がして、そこは少し残念(映像はめちゃくちゃ綺麗なんだけど)。何が違ったのかな。